クリスチャンの体験談:生きて働く神さま #10

救いの証

  • Oさん 40代女性
 私は、今から21年前にイエス・キリストを信じて神様の救いを受けました。
 私は四国の徳島県出身ですが、もともと家は、クリスチャン・ホームでもなく、父はむしろ無神論者でした。ですから、私の育った家庭には神という存在はまるでありませんでしたし、私も神様という存在を自然と否定していました。

 そんな私も、東京の美術大学に入学し、東京で大学生生活を始め、その大学を卒業してからは、美術の分野を生かして、婦人靴メーカーで靴のデザインを手掛けるようになりました。
 イエス・キリストとの出会いはそんな会社勤めの頃のことです。
 数年間、会社勤めをしていくうちに、会社の中での人間関係が良くない状態の中で、毎日会社に通うことが憂鬱でたまりませんでした。心身ともに疲れ果てていたそんな時に、道端で優しそうな若い女性から声を掛けられました。そして、文化セミナーというものがあると言うので、何かで気持ちを紛らわしたい私は、誘われて行ってみました。最初はよく分からなかったのですが、後になって、なんとそこは社会問題にもなった統一協会だと分かりました。
 これは良くないと思って、離れましたが、幸い早い段階で分かったので、全く影響もなく離れることが出来ました。今思えば、潜入ルポのようでしたが、離れた後、どれほど問題の多い団体か調べようと思って、浅見定雄先生や他の牧師先生が書かれた統一協会本を探し出して、早速、購入して読んでいたところ、いろいろな問題点が書かれていましたが、それと同時に、牧師先生たちが書かれていたためか、イエス様の教えもいろいろと書いてありました。すると、読んでいくうちに徐々に、統一協会問題よりも、むしろイエス・キリストについて大きな興味を持つようになり、キリスト教会に行きたくなってきました。

 近所にもいくつかの教会はありました。どの教会に行けばいいか、考えていたそんな2,3日後に、現在の新中野キリスト教会からのトラクトのハガキがポストに入っていました。
 素晴らしい神様のタイミングでした。
 手に取ったトラクトには、マタイ11章28節の「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」という聖書の言葉が書いてありました。そのみ言葉はまるで飛び出す絵本のように、私の心に飛び込んできました。そして、私の心をつかんで放しませんでした。
 また、み言葉の横には、疲れてうなだれている人のイラストが描いてありました。一見、暗いハガキです。しかし、私には輝ける希望に満ちた一枚のハガキでした。
 神様の事や神様の存在など、私はまだ、よく分からなかったのですが、手に取ったとたん、この教会だ!と思い、神様がこの教会に行きなさいと言っている、何かイエス・キリストに人生をかけてみたい。キリストに期待したい!という思いで、いっぱいになってきました。
 すぐに返信のハガキを送って、教会に出かけました。教会での礼拝は、初めてのことでしたので、いろいろと分からないことだらけでしたが、講壇から語られるイエス・キリストのメッセージを聞けば聞くほど、神様という存在に対して、心が大きく揺さぶられていきました。そして、最終的には、新中野教会の前任の牧師である、村上知子先生の個人伝道を受けることになり、神様の存在にもっと心を開いていくようになりました。
 イエス・キリストはいつも私を見守っていて下さる存在、そのような思いにもなり、イエス様を救い主としとて、信じて受け入れました。
 それから、村上先生から「洗礼を受けませんか?」と聞かれて、両親が反対しないかな?という問題も少しありましたが、それでも、イエス・キリストを信じたのだから、洗礼まで進みたいという願いでいっぱいになり、教会へ通い始めて、半年後に洗礼を授かりました。
 イエス様を信じたその直後は、毎日がウキウキと楽しくて、お腹のそこから途絶えることのない、喜びで溢れました。
 多くの皆さんにも、このイエス・キリストを信じて救われるという、神様からの永遠なる愛と許しを受け取ってほしいと思います。