クリスチャンの体験談:生きて働く神さま #1

救いと受洗の証

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 私はクリスチャンになる前、神様とか信仰的なことに全くと言っていいほど関心がなかったので、今こうしてクリスチャンとして教会にいることがとても不思議な気がします。そんな私が教会に導かれ救われるきっかけとなったのは、アパートの郵便受けに入っていた教会の集会案内のチラシでした。

 職場の寮を出て東高円寺の駅のすぐ近くに越してきてから、郵便受けには毎日毎日たくさんのチラシが入っていました。ほとんどのものはその場でゴミ箱に捨ててしまうのですが、なぜだかこの新中野キリスト教会の案内のチラシだけは部屋まで持ち帰り捨てられずにいました。

 ある時チラシに書かれていた「こころのすきま みたすもの」という礼拝のメッセージテーマが妙に心に残りました。というのもその頃の私は、特に辛いことや大きな悩み、不満といったものはありませんでしたが、反面ただなんとなく過ぎていく毎日に漠然とこのままでいいのだろうかと、何か空しさを感じていたのです。そんな時にチラシを見ていて、なぜだかとても教会に行ってみたくなったのです。本当に自分でもどうしてそう思ったのかよく分かりません。しかし、こうして私は教会という所を初めて訪れ、それ以来日曜日は、仕事や特別な用事がない限り教会に行くようになったのです。

 初めて行った礼拝で牧師の先生が、「神様はすきまを満たすだけの方ではありません。すべてを満たしてくださる方です。」と話されたのを覚えています。「すべてを満たしてくださる方とはいったいどんな方だろう?」とその時の私にはまだその意味がよくはわかりませんでした。しかし、教会に通う中で私は、イエス様の十字架の意味を知り、私のようなものをも愛し、私の罪のために命を捨ててくださった方がいるということを実感し、本当に感謝したい気持ちになりました。そしてごくごく自然に、イエス様を自分の救い主として信じて洗礼を受けることができたのです。

 洗礼を受けた後、自分が劇的に変わったかといえば、残念ながらそうとも言えません。日々の生活の中で罪を犯し自分の弱さに嫌になってしまうこともあります。しかし、それでもやはり神様を信じてから、自分の中にどんな時も揺るぎない、変らない土台のようなものができたように思います。

 神様は不思議な方です。今思うと私のことをすべてご存じで、神様と出会うためにこの町に私を導き、教会案内のチラシを郵便受けに入れてくださったのだと思います。これからもこの神様を信じ、神様に従っていく人生を歩んでいきたいと思っています。