クリスチャンの体験談:生きて働く神さま #3

一生懸命生きればいい?

  • Mさん 50代女性
 もともと、私の周りには、ひとりのクリスチャンもいませんでしたし、教会学校へ行っているような友達も全くいませんでした。そんな私がどうしてクリスチャンになったかをお話しさせてください。

 中学生になってから私は、だいたい日曜日は図書館に行っていました。特別、本が好きというわけでもなかったのですが、行けばだれかしら友達に会えるので、それを楽しみにしていました。中学2年の秋、いつもの通り、図書館へ行く途中、若い女性から一枚のチラシをもらいました。それは近くの教会の案内でした。私は「お寺には行ったことがあるけど、教会には行ったことがないから一度行ってみようか」という単なる好奇心から、友達を誘って、初めて教会に行ってみました。教会というと、黒い服を着た修道女の人がいるのかと思っていましたが、そういう人はいませんでした。中高科という中学生と高校生のクラスに出ましたが、とにかく聞くこと見ること初めてのことばかりでした。第一印象は、「なんだかずいぶん地味なところだな」ということと「でも、ここはいままで知っていたどことも違う」ということでした。帰り際、「また来週!」といわれて教会って毎週行くところなんだと初めて知りました。 その後、休んだりしながらも教会へは通い続けました。教会で「いいお話」を聞くことは自分のためになると思ったし、何より、そのころ「大人なんか大嫌い」と思っていましたが、中高科の若い女の先生だけは信頼していいような気がしたからだと思います。

 それでも、そのころは自分がクリスチャンになるとはまったく思っていませんでした。周りのクリスチャンのように立派にはなれないと思ったし、なにより自由がなくなりそうに思えたのです。だから、そのころの私は「一生懸命生きればそれでいいんだ」をモットーにしていました。

 でも、そんな考えがガラッと変わる日がやってきました。

 高1のある冬の夜、私は家族の言い争う声で目を覚ましました。それまで、そんなことがあるたびに私は、両親や祖父母を軽蔑していました。でも、その日はいつもと違いました。父も母も、祖父も祖母もみんな一生懸命生きてきた人たちだということにハッと気がついたのです。人間は一生懸命生きたとしても、いつのまにか自分でも気づかないうちにいくつもの縄目を作ってしまうものなのか?それじゃああんまり惨めだと泣けてきました。その時なぜか、教会で聞いていた言葉を思い出しました。「罪という言葉の本来の意味は的外れだ」ということを。「一生懸命歩いていっても、的外れな道を行ったらいったいどこに行ってしまうのだろう。私の人生はそんなのいやー!神さま!」と布団の中で、言葉にもならない祈りをささげていました。その日が、神様を信じ始める最初の一歩となりました。それから少しずつ聖書のことが分かるようになり、不思議とイエス様が私の身代わりになって十字架にかかってくださったこともすんなりと受け入れられるようになっていました。

 高2のとき、中高科の先生に「洗礼を受けたいですか?」と聞かれ、「いずれは」という気持ちで「はい」と答えたら、次週には「洗礼準備講座」というのに出ることになっていました。困ったなという思いもありましたが、その講座に出席するうちに、「洗礼を受けて、はっきりとクリスチャンになりたい」という思いが固まってきました。

 いよいよ洗礼式が近づき、思い切って両親に話しましたが、案の定、反対されました。「まだ若い」とか「結婚に不利」とか「昔の文学者達だって洗礼を受けても、長続きしなかった」とかそのような理由からでしたが、親が自分のことを心配してくれているのはよく分かりました。それだけにつらい思いがしました。中高科の先生も家に来て、父に話してくれましたが、やはり反対は解かれませんでした。結局、その時はあきらめましたが、翌年のイースターに親には黙って洗礼を受けました。

 それ以来、クリスチャンとして歩んできましたが、初めのころはやはり信仰が揺れ動く時がいっぱいありました。そんな時、「誰でもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」(第一コリント5:17)という御言葉に励まされました。自分はどんなにクリスチャンらしくなくても、神様の目から見れば、新しく造られたものなんだと分かると、感謝が湧いてきました。

 先日、全国聖会で、昔の中高科の先生にお会いし、父が亡くなる前にイエス様を受け入れたことを話しました。高校生のころ、いつかは分かってくれると思って、反対を押し切って洗礼を受けましたが、神様は本当にそのようにしてくださったことを感謝しています。