子育て通信 #169

結婚講座を開きました

若き日に行った結婚講座

 かつて大阪・高槻市にいた時、若い人が多くいましたので必要に迫られ結婚講座を開きました。それは毎月1回金曜の夜で、青年達が10数名集まってくれました。時には他の教会からも来られました。
 結婚講座と言っても、私は結婚・夫婦カウンセラーでもありませんから、しっかりとしたセミナーを開く自信なんかありませんでした。ただ、青年達に良い結婚をしてもらいたくて、聖書から学ぶことにしたのです。そのために10数冊の恋愛・結婚・家庭という本を調べ、その中で一番古めかしい本を選び、テキストにしました。
 古めかしい本ですから、言っていることはちょっと現代的ではないところがあるのですが、とても聖書に忠実だったので選んだのです。

 毎回、テキストのある部分を読んでそれに対して私が解説を加えました。その後、コーヒーなどを飲みながらゆっくりディスカッションをするという集まりでした。
 この楽しい集まりは1年半続きました。そして、そこに出席していた中から数組が結婚しました。私自身まだ30代後半だった時のことです。

 その後、またその時に出席していなかった青年達から結婚講座の希望があったので、新たに始めました。同じく10名ほど出席があり、今度は2年間続きました。本当に楽しかったです。

新中野キリスト教会でも

 そこで、新中野キリスト教会でも青年達に話をしたところ、賛成してくれましたので、結婚講座を開くことにしました。

 実は今年2月に「男子青年お泊まり会」というかわいらしい名前で男子青年・ユース7名が教会に泊まり込み、楽しい時をもちましたが、その2日目の朝は「男って何?」というテーマでセミナーを持ったのです。そこにも少し恋愛・結婚ということを絡めましたが、結婚講座が中心ではなかったので、もう少し恋愛・結婚に踏み込んだセミナーを開きたいと思っていたのです。

性教育の混乱

 私自身を振り返ると性教育が中学・高校で少しあっただけの時代に思春期を過ごした人間です。恋愛だとか結婚・家庭ということを授業で学んだことはありませんでした。大学に至っては全くそのような授業はありませんでした。
 私が中学の教師になったとき(40年ほど前の事、その時の教え子達も50才を越えています)、「避妊教育をすべきか、すべきでないか?」ということで職員会議が盛り上がったのです。というのもすべきだという先生とすべきでないと言う先生がそれぞれに多数いて、まとまらなかったからです。いつも時代も性教育はなかなか難しいものです。
 ですから、恋愛・結婚について学んできたといっても非常に限られた部分の教育に過ぎないのです。

進化論では説明できない

 なぜ男女がいるのか? 私は進化論を信じて高校3年生まで来ましたが、実は科学が大好きな私にはこの進化論はひっかかって仕方がありませんでした。単にキリンが高い木の葉を食べたくて首が伸びたとかいうような進化論でなく、人間という一つの種にどうして男女があるのか? 人間として同じなのに、男女は全く違います。しかしそれが夫婦となるとき、愛によって互いを尊重し、励まし合い、一体となるのです。私には進化論でこれをどう説明するのかわかりませんでした。

 しかし、神が人間をそのように造られたという聖書の話はクリスチャンになった後しばらくしてスーッと入ってきました。
 神が最初から目的をもって男女を造られたということです。ということはそれぞれの夫婦にも目的があるということです。
 夫婦は愛し合うために存在します。そして、その夫婦に子どもが生まれると、子どもは愛されることで愛を覚えます。愛されないと愛することができなくなるし、赤ちゃんの時には愛されないと死ぬとさえ言われています。不思議です。

「父母を離れ」が大事

 先日の教会での結婚講座ではこんな話をしました。有名なアダムとエバしかまだこの地上にいなかった時に神はそこから増えていく男女のためにこのように言われました。
創世記2:24

 それゆえ男はその父母を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となるのである。
 どうして「男はその父母を離れ」なんだろうか? と考えました。女だって同じではないでしょうか? 聖書が書かれた3000年以上も前の時代には女性は男性に従って行く形が主流でした。ですから、男は精神的に大人になっていなくては結婚が難しかったわけです。このことは現代でも同じですが、女も精神的に大人になっている必要があると思います。いつまでも両親の言いなりになっていたり、両親に経済的にも助けてもらっていたりではよくないと思います。

 そこで私は「子どもを卒業すること」として語りました。結婚のために必要なことはまず「子どもを卒業すること」なのです。とは言え、男はいつまでも子どもの要素を持ち続けます。それはそれで大事なことです。それは男のロマンでもあり、それが文化・文明を発展させてきたのです。
 しかし、精神的に子どもを卒業して、妻を心から愛し、家族を守ることを意思決定しなければなりません。

決断力が必要

 次に「決断できる力をつける」ということを話しました。イエスを信じるという決断をすることも、礼拝を守ると決断することも、人に言われてするものでは無く、自分で決断するのです。この決断力が結婚には大事です。「この人を生涯愛する」という決断が結婚式の誓約で確認されるわけです。

 また、決断する力をつけて欲しい理由は、若い人には誘惑が多いからです。誘惑に打ち勝つ力も「決断」にあるからです。依存性のある誘惑に負けるとなかなかそこから立ち直ることは難しいです。人生を棒に振らないためにも、家庭を壊さないためにも、誘惑がやってきてもそれを「受け取らない」という決断をする事です。

感謝の心を持つこと

 さらに「感謝する心をもつ」ということを語りました。
 不満や文句ばかり言っているのでは幼い子どもとなんら変わりません。わがままです。それを越えて大人になり、むしろ感謝を探し出すのです。感謝はただ人にだけするのではなく、神に感謝するのです。
 聖書に
テサロニケ 5:16−18

 いつも喜んでいなさい。
 絶えず祈りなさい。
 すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。
 という言葉があります。
 「はたして全てのことについて感謝ができるだろうか?」と考えてしまうのは当然でしょう。しかし、感謝の心を忘れない人は神にも人にも愛の人だと思うのです。
 礼拝は神への感謝の現れでもあるのです。ですから私はできるだけ多くの方と礼拝したいのです。

 子どもセンターの子ども達が短い時間ですが「礼拝」します。きちんと椅子に座って、賛美を歌い、お祈りをし、聖書のお話を聞いています。最後にも一緒にお祈りをして大きな声で「アーメン!」と言っています(大きな声で言う必要は無いのですが・・・(笑))。
 また、おやつの時間にもその他にも「・・・ありがとうございます。」「・・・ありがとうございました。」と祈る姿はとても美しいです。

 日々感謝の心をもって過ごせたらどんなにいいでしょうね。
 お読みくださってありがとうございました。

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