子育て通信 #163

お正月も変わった

 新年明けましておめでとうございます。
 皆さんはどんなお正月休みを過ごされたでしょうか?
 私は、昨年母が亡くなり、一昨年は妻の母が亡くなり、ちょっとさみしいお正月を過ごしました。

子どもの頃のお正月

 さて、お正月が私の子どもの頃とは全く変わってしまったなあと何年も前から思っていました。昔がよかったかどうかは別として、子どもの頃のお正月が楽しかったことを思い出すのです。
 子どもの頃、お正月は商店街も5日間から1週間休んでいて、どこも店は開いてなかったのです。
 あるデパートが1月2日に店を開き、福袋を売り出したことがきっかけとなり、翌年はあちこちの店が2日、3日に店を開け、福袋合戦となりました。するとデパートは元日から店を開けたのです。
 今までお正月は店も開いていないので、家で家族みんなで過ごすのが普通でした。しかもおせち料理を年末に作って、それを食べるのが普通でした。

うる餅

 私が好きだったのは年末の餅つきでした。鏡餅を作り、丸餅を作り、棒餅を作りました。棒餅には海老、海苔などもありました。
 でも、私が一番好きだったのは「うる餅」でした。餅米に普通のお米が半分ほど入っているので、サクサクした感じがあり、普通の餅のようにはのびません。
 ところが、東京に来て「うる餅」と言っても知らない人がほとんどで、買いに行ってもどの店にもありませんでした。今でもこれが食べたくて食べたくて。売っているところをご存知でしたら教えてください。
 餅にも色々な種類があり、好みも人それぞれです。でも、それぞれがそれぞれに美味しいです。人間だって、子どもだってそうです。餅以上に種類は多いのです。

お正月の遊び

 懐かしく思い出すのは、お正月の遊びです。ご存知でしょうか? すごろくや福笑いを。トランプやカルタ取り。みんなでするのが楽しかったです。普段こんなに長時間一緒に遊んでもらう事なんて無かったですから、お正月は楽しい思い出になっています。
 そして、寒空に凧揚げに行きました。凧揚げの場所はと言えば、稲の刈り後のある田んぼです。すでに幾つも凧が揚がっています。
 田んぼがいっぱいの時は小学校の運動場に行きました。そこでも幾つか揚がっています。つまり、家の中にこもってもいなかったということです。

 そして、私はコマが好きでした。コマを地面で回すだけじゃなくて、手の平に載せたり、「肩掛け」と言ってコマを縦にして回し上げ、落ちてきたコマをその肩にかけたヒモに心棒をひっかけてスーッと、転がすのです。
 普段ビー玉などをしていても、なぜかお正月にはコマ回しをしたものです。

人生ゲーム

 遊びほうけてアッという間に冬休みが終わるのです。その頃に商店街の店も開き始めます。
 学校に行くとお年玉の話。いつも、自分は少ないなあと思っていましたが、さほど気にもなりませんでした。
 そして、中学生の頃だったでしょうか??「人生ゲーム」が登場したのです。今までのようなすごろくはおしまいです。それでも家族や友人と一緒に遊ぶのは変わらなかったように思います。

変化が早すぎる

 でも、色々なものが変わってしまいました。しかも、変化が早すぎます。激しいです。子ども達に伝えたいもの、残したいものが今の子ども達には興味の薄いものになってしまい、大人のよくわからないものが子ども達にとって楽しいものとなりました。かつ、一人で遊ぶ時代になってきました。
 対戦相手がいてもネット上のどこかにいる人でどんな人かわからないで対戦しています。それを悪く言うつもりはありません。ただ、昔の楽しかった思い出をたくさんもつ者として、それを楽しんでもらえないのをさみしく感じるだけです。私も年をとりました。

美術部

 年をとったといえば、この年で近所の中学校の部活で美術部のボランティアに週1回行っていますが、生徒達の話がわからないのです。若い先生達は生徒達と会話しています。アニメの話や音楽、タレントの話なのですが、私にはさっぱりです。「もう辞めよう」と思いながらも9年間やっています。私の仕事も忙しくなってきたので、もう本当に辞めるべきなのでしょう。

 母が認知症になって、まだグループホームに入所していなかった時はとんでもない忙しさでした。美術部が終わると母の家に飛んでいき、夕食を買ってきます。そして、教会で集会をして、自宅に戻って風呂に入り、また母のところに行って、隣の部屋でふすまを半開きにして寝ます。夜中に母は3-4回起きてトイレに行き、必ず何か食べます。こっちも目が覚めます。5時に起きて、母の朝食を準備して教会に行きます。
 この忙しさの時も美術部に週一で行っていたなあと、母が亡くなって懐かしく思い出すのです。

結構気になる話が・・

 そういえば、父が亡くなったのはちょうど夏休みで部活に影響がありませんでした。よくここまでやってきたなあと思いつつ、こんな話の通じないおじさんと彼らもよくつきあってくれるものです。

 昨年の3年生達とは結構人生についても話したので、この時は話が通じました。
 しかし、やはり中学生の彼らの関心は高校受験や、異性に関すること、アニメやゲームです。聞こえてくる話にはわからないことはもちろんですが、「それって危ないんじゃない!」と思う事もあります。異性に関しては「進んでるー」とドキッとしたことも度々です。
 学校の教師ではないからか、好きな人の話などもしてくれますが、逆に教師ではないので、どこまで指導していいのか迷うこともしばしばです。
 そして、彼らから色々教えてもらうことで現代の中学校の性教育も変わったことを知りました。いや小学校がすでに変わっているようです。

 そして、成績に関してはみんな気にしており、高校受験は大きな壁になっています。ほとんどみんな塾に通っているので、部活の途中で「帰りまーす」と言う声がよく聞こえます。私も「オー、さよなら、頑張れよ!」と。

 彼らの悩みに答えてあげたいです。そういう時にいつも感じるのは「聖書」です。彼らの悩みの答がここにあるということです。
 時々、聖書をいっぱい語りたいという欲求にかられます。しかし、そういうわけにもいきません。
 何年前だったか、かなり悩んでいた生徒がいました。少し聖書の話をし、「先生は君のために祈っているよ」ということも伝えました。悩みの本質は聞けませんでしたが、少し元気になったのを見ることができて卒業しました。少しホッとし、なおも祈っているのです。もう大学生かな? もう悩んでないかな? 新たな悩みが出ているかな? などと考えながら思い出しては祈るのです。
 今、またかわいい生徒達が来ています。まだ聞いていない彼らの悩みがあるみたいです。

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