子育て通信 #102

クリスマスソングを歌おう!

音楽が嫌いだった私

 嬉しいと歌が生まれ、悲しいと静かな歌で慰められるといいます。音楽はすばらしいです。

 ところが私は子どもの時、音楽が嫌いでした。なぜか考えると、いくつかのことが浮かび上がってくるのです。

 小学生の時に音楽のテストで0点をとりました。

 音楽を聴いて楽しかったので踊ってみたら、両親から「お前の踊りはロボットみたいで変だ」と言われました。

 音楽の授業でオルガンがありましたが、全くできませんでした。どこが「ド」なのかもわからなくて弾けなかったのです。

 笛をうまく吹けなくて小さな音で吹いていたら、隣の女の子に「藤井君、吹いてなかったね」と叱られました。

 こんなことで私は音楽が大嫌いになっていました。そして音楽が嫌いなまま、中学生になりました。

ブラスバンド部に

 中学校に上がって、最初に考えたのは部活動を何にするかでした。私は運動も得意ではありませんでしたが、長距離走で少し自信をつけていたので、陸上部を考えました。

 また、サッカーに興味を持ちだしたので、サッカー部にしようか? あるいは剣道部にしようかと悩んでいるところに、友人が「お願いだから、俺と一緒にブラスバンド部に入ってくれ!」と頼まれてしまったのです。

 音楽が嫌いな私が受けるわけ無いのですが、彼のすごい願いで、体験入部しました。すると面白かったのです。そして、なによりも入部の決め手になったのは顧問の先生でした。1年生の音楽を担任してくださっていた男の先生でした。

音楽が好きになった

 実はこのI先生の授業はとても楽しかったのです。音楽嫌いの私が「楽しい」と思えたのです。I先生は授業中、全く叱りませんでした。それどころか、笑いいっぱいの授業でした。それで、私もブラスバンド部に入ることにしたのです。楽譜がわからないどころか、笛もまともに吹いたことの無い私がですよ。ビックリしたのは両親でしたね。

 このI先生に関してもう少し付け加えておきますと、I先生がご自分のクラスでビックリするほど厳しく叱っておられたのを見たのです。そこで、私は先生に「先生はとても厳しいのに、音楽の授業やブラスバンド部ではどうして叱らないのですか?」と聞きました。すると、「音楽って楽しくなきゃ。叱られたら楽しくないよ。それで、先生は音楽の授業では叱らないと決めたんだ」と言われました。これは私の人生ですごく心に残る一言になりました。

 このことがきっかけで私は音楽が好きになりました。好きになっても上手になれたわけではありません。下手くそで、失敗ばかりでした。でも、I先生には叱られたことがありませんでした。あちこちに演奏会に行きました。市長杯の野球大会では必ず入場行進を頼まれました。もちろん音楽ができる人間じゃ無いので、高校生になると音楽部には入りませんでした。いや、入れませんでした。でも、このI先生がおられなかったら、私はいつ音楽を好きになれたでしょう?

 私は中学校の美術の教師になりましたが、このI先生のことがずっと心に残っていて、楽しい授業を心がけたのです。I先生のようにはとてもできませんでしたが、努力だけはしたのです。

クリスマスソング

 音楽は人間とは切り離せないようです。クリスマスの時期になると、クリスマスソングがあちこちで流れます。そして、嬉しい気持ちになるのです。

 クリスマスはなぜ嬉しいのでしょうか? それはイエス様のお誕生日だからですが、自分と関係の無い方のお誕生日なら、そんなに嬉しくも無いと思うのです。でも、不思議に全世界の人が喜ぶのです。

そんなことがあったのか!

 2000年前にタイムスリップしてみましょう。

 ナザレという村にヨセフという青年とマリヤという若い女性(15~20才と考えられています)がいました。このマリヤこそクリスマスの主人公イエス様の、母親であるマリヤです。

 ヨセフとマリヤは結婚を誓った仲でした。結婚式もそう遠くなかったようです。ところが、大変なことが起こってしまったのです。マリヤはイエス様を身ごもったわけです。現代なら当然の如く、ヨセフとマリヤが早まったことをしたと考えるでしょう。ところがヨセフは身に覚えがありませんから苦しみました。何しろ、マリヤは神様の子どもを宿したと言うではありませんか。それもそのことを天使から聞いたのだとバカげたことを言うわけです。

 誰かにレイプされて気が変になったのでは無いかとヨセフが思うのは当然です。でも、ヨセフはマリヤが変になっているとは思えませんでした。いつもの明るいマリヤなのです。しかも、マリヤは妊娠したことが嬉しくてたまらないという様子です。何が何だかわからなくなったヨセフはマリヤが安心して子どもを産み育てられるように婚約解消して、田舎に行かせようとしました。

 これはヨセフがいかに心優しかったかを示しています。婚約中に他の人と性的な関係をもったら、このユダヤでは石打の刑で殺されたのですから。ヨセフは結婚できなくても、マリヤの命を守ろうとしたのです。

 ところが、このヨセフにも天使は現れてくれました。そして、「安心しなさい」と言って全てを説明してくれました。全くマリヤの言葉通りでした。マリヤはレイプされたのは無く、頭がおかしくなったのでも無く、本当に神様の子どもを宿したことがわかったのです。

ヨセフ、偉い!

 とは言え、周りの人にはわかってもらえるわけがありません。

 ヨセフのマリヤに対する愛、マリヤを守るということが、むしろ、ここから本当に始まったわけです。小さな村ですから、村人はマリヤのお腹の赤ちゃんはてっきりヨセフの子だと思ったことでしょう。なんてふしだらな二人だと後ろ指を指されたかも知れません。そういう中をマリヤを支えていくのですから、ヨセフはすばらしい男性だと思います。

 つまり、二人は嬉しいといえる状況では無かったのです。しかし、マリヤは本当に神様の子どもを宿したのですから二人は嬉しくてたまらないのです。

おばあちゃんが?!

 このマリヤが、親類のエリサベツのところに行きます。エリサベツは不妊の女性でもう年寄りになっていました。ところが、神様はこの老夫婦ザカリヤとエリサベツにヨハネという男の子を与えたのです。その喜びを抱えていたエリサベツに会いに行ったのです。

 二人は喜び合いました。その時、エリサベツのお腹の中でヨハネが踊ったというのです。これはまさにお母さんの喜びをお腹の中で感じたということです。

 赤ちゃんはお母さんの気持ちを感じるといいます。ヨハネはエリサベツの喜びを感じて、踊ったのです。まだおなかの中にいる小さな赤ちゃんです。何がわかるのでしょうか? いえ、わかるのです。神様の恵み、祝福はお腹の中にいたって、赤ちゃんだってわかるのです。

あなたも喜んでますか?!

 さあ、皆さんはイエス様のお誕生を喜んでいらっしゃいますか? おなかの中で赤ちゃんが踊るように、天使が大声で歌ったように、皆さんの心は喜んでいるでしょうか?

 マリヤとエリサベツが喜んだのは、自分の赤ちゃんを生むという喜び以上に、救い主の誕生を待ち望んでいたからです。その救い主がマリヤから誕生するという喜びなのです。マリヤはその当事者となったのです。

 人は色々と望みますが、自分は関わりたくないという気持ちが起こりやすいです。しかし、直接関わらなければ救い主の喜びは得られません。皆さんから救い主は誕生しませんが、皆さんの心にイエス様をお迎えするという関わりができて大喜びできるのです。

 聖書は誰を「幸いだ」と言っているでしょうか? 主によって語られたことは必ず実現すると信じきった人は、何と幸いなことでしょう。(ルカの福音書1:45) です。

 マリヤが真に幸いな人となったのは、神様の言葉を信じ切ったからです。私たちも幸せな人になることができます。神様の言葉を信じ切るのです。

 人には理解しきれない神様の御計画があるのです。しかし、信じ切った者には、不思議な喜びが溢れ、神様はその人に幸いをくださいます。

 マリヤが喜んで歌ったように、エリサベツが喜んで歌ったように、ヨハネが喜んで踊ったように、天使が喜んで歌ったように、私たちも一般の歌とは違う、特別な歌を、喜びに満ち溢れた歌を歌おうではありませんか。その皆さんの歌は、きっと皆さんの子どもたちがヨハネのように大喜びして踊り出すようなものなのです。

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