子育て通信 #105

卒業式

一年が速い!

 一年が速く過ぎてゆくのを感じる方は多いのではないでしょうか。

 日本人は12月31日という一つの締めくくりを大事にし、新年を新たな気持ちで迎えます。その時に一年がなんと速かったことかと思うものです。

 そして、年度替わりのこの時期、3月から4月というのは卒園・卒業、入園・入学という一大イベントがあって、大忙しですし、子どもの成長を見て、なんと一年が速かったことかと思うのです。

子どもセンターの子達とも

 新中野キリスト教会では毎年3月中旬に子どもセンターの卒園式があります。今年も3月15日に卒園式をいたしますが、保育士では無く、直接保育に携わっていない私でもとてもさみしく感じる時です。

 朝に子どもたちと会って挨拶したり、時にはしばらく一緒に遊んだり、屋上でみんなが楽しそうに遊んでいる声を聞くと私もつい屋上に上がってしまいます。

 夏のプールの時は、みんなが楽しそうに涼しそうに水遊びをしているのを見ながら、うらやましく思ったものです。

 この子達とお別れするときが卒園式です。写真を見て、「この一年でこんなにも成長したんだ」と感動するときでもあります。子どもたちの1年間は本当に大きな変化のある1年間です。写真の子どもたちのそばに映っている保育士達はここ数年なんら変わったように見えないのに(?)、確実に大きくなっている子どもたちの姿にはある面ホッとします。

大きくなってる!

 時々、道でかつての子どもセンターに来ていた子どもたちに会うことがあるのですが、その成長ぶりにビックリします。何しろ私たちが見ている子どもたちは2-3歳です。幼稚園、小学校に行っている子どもたちを見て、「こんなにも大きくなっているんだ」と驚きます。

 大きくなった子どもたちを見て、話し方が大人っぽくなっていたり、理屈っぽく話しているのを聞くと、「思春期」「第二反抗期」を学んできた私にとっては、「この子達もそろそろ思春期に突入かな」とか、「お母さん方も戸惑われているんじゃないかな」と思うのです。

思春期も遠くない

 あっという間に子どもたちは思春期を迎えます。

 最近では思春期は早く始まると言われ、中学生・高校生が思春期と言われた時代は遠い昔になったような気がします。最近では小学5-6年生では多くの子どもたちが思春期にあり、小学4年生で思春期に入る子どもたちも多いと言います。

 かつて私は「9才の壁(10歳の壁という先生もおられます)」から思春期までの間に思春期への準備をする大事な時期だと言ってきました。その時に、だんだん思春期が早く始まるようになっているけれども、思春期と9歳の壁がくっつくとどうなるのだろう? 精神発達の上ではあまり良くないと思う、というようなことを話していました。そのことが現実に起こる時代になってしまったわけです。

 何かが起こって大変なことになっているかどうか? まだまだわかりませんが、かつて「子どもにはうつ病は無い」と言われていたのが、今や子どもにもうつ病があるというのは一般的に言われるようになりました。もちろん大人のうつ病と症状は全く同じとは言えないらしいのですが。

第二反抗期はどう?

 こうした事を見聞きすると、第二反抗期も気になります。第二反抗期は自我の確立の時期であり、親や大人にやたらと反抗的になるという特徴があります。その第二反抗期は思春期の終わり頃に現れ、この「荒れ」を通って大人になっていくと考えています。ですから、第二反抗期(現れ方は人によって様々ではあるのですが)が無いと、思春期が終わらないということも考えられます。現実に30才を過ぎても思春期症状の中にある人たちが増えているといいます。

 私は第二反抗期をむやみやたらと荒れないで過ごすことはできないのか考えてきました。子どもの性格によっても大きな違いがありますが、環境要因もかなりあります。子どもたちの知識(情報量)も関係があります。情報は単に量的な問題だけでは無く、質(種類)も関係があります。幼い内から性的な情報が入ってくると早く思春期を迎えると言います。情報の中身も問題なのです。

 その思春期を通りながら自己の確立をし、自立して大人へとなっていくのですが、日本のような国の場合は、子どもたちがたいてい第二反抗期をもちます。親に悪態をつき、酷い言葉を吐いたり、時には暴力的になることもあります。

 親への甘えを切り離して「自分はもう大人なんだ」と言わんばかりに反抗的な態度に出てくるのです。

 この第二反抗期が、私は第一反抗期の時の親子の関わりによって大きく変わると思って調べています。

 第一反抗期の時期に親子の関係が良いと第二反抗期を迎えても比較的楽に過ぎていくようなのです。その反対に第一反抗期の親子関係に問題があると、どうやら第二反抗期も厳しいのです。

 ただ、これも一概に言えなくて、小学生時代、あるいは中学生時代の仲間との関係でおとなしかった子どもが荒れることもあるので、単に親子の関わりの問題だけとは言えません。

 確かに現代は子育ての難しい時代のようです。昔は「放っておいても子どもは育つ」と言われましたし、現に私も放っておかれました。ですが、現代は子どもを放っておくと問題が多く出てくるのです。かといって、過干渉になるともっと問題が出てきます。大変ですね。バランスのとれた子育てをしたいものです。

 思春期を、第二反抗期という形で卒業して、大人になっていくのでしょうか。

 卒業式はけじめです。「今日を最後に、私はこの学校の生徒では無くなるのだ」というけじめの時です。新しいスタートを切るのです。

 第二反抗期を終えて大人へとなっていくわが子を見届ける「卒業式」を持つことができると親としても嬉しいわけです。

私の卒業式

 中学の教師をして、最初の担任をしたクラスの卒業式の時、やはり感慨深いものがありました。もっとこの子達と一緒にいたい、という気持ちと、あーやっと終えることができた、という気持ち。特に思い出深いのは、卒業式時点でも高校の決まっていない生徒がいたことです。受験に失敗し、どこにも行くところが無いという状態になって、私たち教師は探し回りました。遂にうちの中学から生徒が行ったことの無い高校を受験させていただくことができました。「合格!」卒業式後、クラスのみんなは集まって喜び合いました。

 彼ともう一人その高校に入学したのですが、この二人がとてもよく頑張るので、「今後もお宅の中学校からもっと多くを受け入れたい」とお話が来たほどです。

 さらに思い出深い卒業式は私が教師を辞めて牧師になると決めたその年でした。卒業式がおわり、今度は修了式。3年生のいない約1000名の生徒達の前で挨拶をしましたが、挨拶の所はポカッと抜けてしまって思い出せません。校長先生が「藤井敬朗先生はキリスト教会の牧師になるために、中学校の教師を辞めて東京の神学校に行かれます」と言われて、挨拶をしたはずなのですが、思い出せません。

 私の卒業式でした。

時間よ、止まれ!

 そこから新たな人生が始まりました。私が嬉しかったのは教え子達の結婚式の司式をさせていただけたことです。あの時中学生だった彼らが大人になっているのです。

 「先生、今度結婚することになりました。そこで、先生に司式をしていただきたいのです」感無量!司式をしながら、目の前に立つその新郎(新婦)は、立派な青年になっているのですが、懐かしい中学生時代の面影をのぞかせていました。

 しかし、彼らの言葉は大人になっていました。中学生時代の言葉ではなく、しっかりと社会人としての言葉でした。「時間の経つのは速いなあ」と改めて感じたときでした。

 彼らの子どもがすでに中学生、高校生、大学生なのです。「時間よ、止まれ!」と叫びたくなります。(笑)

イエスはますます知恵が進み、背たけも大きくなり、神と人とに愛された。
(ルカの福音書 2:52)

バックナンバー