子育て通信 #110

自分を振り返ってみれば 5

教師が嫌になったのでは無い

 「私はいったい、なぜ、今、牧師になっているのだろう?」と思ったことが何度もあります。

 また、人から「どうして中学校の教師を辞めて牧師になったのですか?」と聞かれて「何と答えたらいいのだろう?」と考えたことも何度もあります。

 「中学校の教師が嫌になったのですか?」という質問には、「いいえ、中学校の教師は私の生涯の仕事だと思えましたし、とても楽しかったのです。辞めたいなんて思ったことも無いし、牧師になる事を決めた教師最後の年は、あらゆる点でも自分の教師生活最高潮でした。」と答えてきましたから、「それなら、どうして牧師になったのですか?」という質問になかなか上手く答えられないできました。

 と言いますのも、牧師を単に職業、仕事として考えるなら、収入の面でも、社会的な認知度も中学校の教師でいる方がはるかに良かったからです。二つの仕事を天秤にかけて、牧師の方が良かったから選んだ、というのでは無いということです。

召命を感じた

 とても宗教的な言い方にならざるを得ないのですが(本当はこういう言い方はクリスチャンでない方にするのは好きでは無いのですが、できるだけ私のその時の心のまま語ってみたいと思うのです)、私はまさに神様から「召命」というのを受けたのです。

 先ほども牧師になる事を決めた年は教師として最高潮だったと言いました。本当に楽しくて、生徒達の良い変化もたくさん見ることができたのです。このことはいくらでもまた書きたいと思っています。

中学校教師の限界

 教員採用試験に落ちて、教師を諦めかけていた時に与えられたのは産休講師の道でした。神様のあわれみで奇跡的に翌年は採用試験にパスしました。そして、正教師として5年間働き、合計6年間は実に楽しかったです。そこには、次から次から神様の恵みがやってくるのです。このことは今までにも書いてきましたが、色々面白いことがありました。

 こうした教師生活の中で、私が悩んだのは、思春期、反抗期を迎えた彼らをたった3年間しか見ることができないというジレンマでした。

 小学生時代の彼らのことを何も知らないのです。小学校の先生と引き継ぎをしたところで大して生徒のことを知ったことにはなりません。

 子育ての会をしていると、お母さん方がお子さんのことで悩まれたり、楽しまれたりしている幼児期や小学生期の話がたくさん出てくるのですが、私の出会ってきた子どもは、突然中学生になった思春期の生徒達なのです。

 彼らがどのような発達をしてきたのか、どのような環境にいたのか、何を悩んできたのか等何も知らないで、突然思春期の子どもの親になったような気持ちなのです。このあたりが中学校教師の限界なのでしょう。

 もっと長いつきあいがしたい。特に悩みのある生徒とはじっくり取り組んでいきたいし、一緒に祈りたいとも思ってきました。だからといって教師を辞めて牧師になりたいと思ったわけではありません。

 牧師への道は改めてお話しするとして、私が突然思春期を迎えた子ども達と接して驚いたこと、感動したことをお話ししてみたいと思います。

K君

 家庭訪問や個人面談で聞く、親御さんの話は子どもが幼い時の様子が中心で、中学生になっている思春期の子どもの姿が少ないのです。「学校ではよく発言しますよ」と言っても、「うちの子がですか?」と驚かれるお母さんがいます。大変おとなしく小学生時代を過ごしてきたからです。ところが、子どもは中学生になると変わるものです。

 K君はクラスで大変人気者で、楽しく、面白いことをよく言うのです。ところが、家ではほとんどしゃべらないのだそうです。ですから、学校の様子をお話しするとビックリされるわけです。

 小学生の時のK君は小柄な少年で、体力もあまりなく、おとなしかったみたいです。中学1年生で私のクラスになった彼はクラスで一番背の低い男の子でした。

 彼は入学するとすぐに柔道部に入りました。「柔よく剛を制す」で、彼は小さくて弱いという劣等感を吹き飛ばしたかったようなのです。その意気込みがあったからでしょうか、クラスでもよく発言し、クラスのムードを楽しく盛り上げる生徒でした。このことがお母さんには分からなかったのです。

 反対に私は明るく元気な生徒だと思い込んでいて、小学生の時は劣等感があり、おとなしい子だったということを知らないのです。お母さんの見ているK君と私の見ているK君は同一人物なのに、まったく違う感覚で見ていることになります。

 彼はそんなに身長が伸びませんでしたが、柔道は3年間続けました。彼は強くなっていました。運動の得意な、活動的な生徒として成長しました。

Sさん

 また、3年生で担任したSさんはおとなしく、優しい生徒でした。運動は苦手で、ほとんど発言もしない、しかし、責任感は強く、与えられた仕事はしっかりするので、クラスのみんなから信頼されていました。いつも穏やかな顔でしたので、私にとっては心配の無い生徒でした。彼女に悩みがあるなんて思ってもみませんでした。

 ところが、2学期の終わり頃、高校受験のことで個人面談をした際、彼女の表情は暗くなりました。そして、堅く口を閉ざしてしまいました。彼女との面談は2時間にも及びました。

 何十分もしゃべらないまま、私も困ってしまった時、ボソッと彼女の言った言葉に私は驚いたのです。「学校に来たくない」と言ったのです。信じられませんでした。楽しいクラスになっていたと自信があっただけに、私のショックはすごいものでした。

 学校に来たくないという彼女の気持ちを聞き始めると、思いもよらない答が返ってきました。「学校に来たくないと思うようになったのはいつから?」と聞くと、「小学生の時からずっと」と言うではありませんか。「でも、休まなかったね。どうして?」「お父さんが蹴っ飛ばして家から出すから」

 こうした話を聞いていく内に、彼女は明日家出をしようとしていたことが分かったのです。「どこに行くつもりだったの?」「東京のおばあちゃんち」。少し安心しました。連絡のつくところだけに。「どうして家出したいと思ったの?」「お父さんが恐いし、私のことを思ってくれない。漫画家になりたいのに、『そんなのはダメだ!きちんと大学まで出てちゃんと働け』と言って怒るし、学校を休みたいと言ったら『甘えるな!』と蹴っ飛ばして家から出すの」と。

 漫画家になりたいだけあって、彼女の絵は上手でした。それもかなり緻密な絵を描きます。丁寧でした。

 そこで、「先生からお父さんに話してあげようか?」と言ってみましたが、「絶対無理」とのこと。後日お母さんとお話ししましたが、お母さんもおとなしい方でした。家出を考えていたことには驚かれましたが、お父さんとのことはかなり分かっておられました。が、お母さんには何もできなかったようです。

 幸い、彼女は落ち着き、高校受験も無事終えました。高校生になったSさんは何度か手作りのケーキを持って来てくれました。その時のSさんは笑顔のかわいい、元気な高校生でした。

イエス様が最高の指導者

 思春期の子ども達は親にも分からないことが多々ありますが、それは幼い時のわが子の印象が強いからでしょう。中学校教師には逆にその時期のことが何もわからないのです。

 そして、理屈っぽくなり、感情の起伏も激しくなって、親や教師、大人に知られないように悪いこともしてしまうような思春期の子どもと即向き合うのが中学校教師です。20代の私にはとても指導なんてできませんでした。が、自分も思春期を抜け出たばかりなので、気持ちはわりと分かったのかも知れません。どこかで友達感覚で接していたのでしょう。若かったということです。

 でも最高の理解者は、最高の友であるイエス様です。

 イエス様は
わたしはもはや、あなたがたをしもべとは呼びません。しもべは主人のすることを知らないからです。わたしはあなたがたを友と呼びました。なぜなら父から聞いたことをみな、あなたがたに知らせたからです。(ヨハネの福音書15:15)
と言われました。イエス様だけが私のことも、皆さんの事も、皆さんの子どものことも、一番よく知っていてくださる最高の指導者なのです。

 思春期の子ども達の一番の理解者がイエス様です。

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