子育て通信 #113

自分を振り返ってみれば 8

子育ての会が増えた時期

 前回は、初期の「子育ての会」のことで終わってしまいましたが、何事でもスタートは大変でもありますが、楽しいものです。

 高槻の教会だけで行っていた「子育ての会」は20名くらいの出席になった頃、参加者に第二子の誕生などが相次ぎました。そのため、遠方の方が教会まで来れないという事態になりました。ところが、それぞれの御近所に幼な子をおもちの家庭があり、皆さん子育ての会をしたいということで、それぞれの家庭で集まりを開いていただくことにしたのです。

 家庭を開放してくださるところが3カ所あり、各地で「子育ての会」を始めました。するとまたそれぞれにお母さん方が増えていきました。

驚いたクリスマス集会

 懐かしく思い出すのは、ある年のクリスマスです。「子育ての会」合同のクリスマス会を教会で行ったのですが、親子で120人になり、ギューギュー詰めでした。でも、小さい子どもたちでもあるので、なんとか約束のカレーライスも振る舞うことができました。この時はお母さんのグループが歌を歌ってくださったり、人形劇をしてくださったりして親子で楽しく過ごしました。本当に懐かしい思い出です。

水無瀬

 各地の子育ての会は、それぞれ雰囲気も違いましたが、どこも楽しいものでした。

 水無瀬(みなせ)というところで行っていた「子育ての会」は初め一軒の家庭を開放していただいていたのですが、どんどん人が増え、リビングルームの広い家に代わったり、スーパー・ダイエーの会議室をお借りしたこともあります。さらに増えたので、マンションの集会室をお借りして長いこと行いましたが、この時は親子で30人になることも度々で、一人のお母さんは毎回子どもたちのために粘土遊びや、紙芝居など色々用意してくださって、子どもたちも楽しんでいました。ところが、そのマンションに住んでおられた方が引っ越すことになり、その集会室が使えなくなりました。

 そこで、有料の町民会館を借りましたが、なんと公共の施設なのですが、無料で借りられるというところを見つけてきてくださったのです。お母さんパワーのすごさ、人脈を感じました。新しい場所は和室二部屋を自由に使えました。しかも、お茶も自由にいただけました。さらに驚いたのはその会館の方が子どもたちと遊んでくださるので、大助かりでした。

長岡京

 長岡京の「子育ての会」は、出産された方のご自宅で始めたのですが、そのマンションに同年令くらいのお子さんを持つお母さん方が3人おられて、この方々で始めました。その家の方が引っ越しされたのですが、幸い近くのマンションに越されたので、またそこで開かせてくださいました。ここも人が増えてきたので、どうしようかと悩んでいましたら、市民会館の会議室を借りることができました。

 この会議室で行っている頃、オーストラリアからの宣教師マケライネン先生ご夫妻が日本での宣教地を視察して、京都方面で教会をつくることを決めておられました。ある日、この御夫妻が見に来てくださったのです。そして、この子育ての会のメンバーを見たとき、この長岡京の地に教会を建てたいと思ってくださったのです。そこで、しばらくして、長岡京の駅から近いところに家を借りて教会を始められました。子育ての会もその教会で行うことができるようになったのです。

名神町

 また、高槻の名神町にお住まいの方のところでも「子育ての会」をしたのですが、ここはごく御近所の方々が親しくされていました。その家庭に皆さん毎回親子でお出でくださり、子どもたちもみんな兄弟のように成長して行きました。ここでは互いに子どもの面倒を見合ったり、子どもたちを遊ばせたり、大家族のような集まりでした。温かく家庭を開放してくださったので、いつもみんな集まりやすかったです。

神戸

 さらに、神戸の教会の先生からも教会でしてみたいということから、お手伝いに行きました。小集会室でこぢんまり始めたのですが、ここも少しずつ増えて、私が東京に来てからも先生ご夫妻で色々工夫されて楽しいプログラムを取り入れながら、進めておられました。

桜ヶ丘幼稚園

 それとは別に、桜ヶ丘幼稚園でも「子育てを考える会」として、当時の園長先生が始めてくださったのです。最初は幼稚園の先生方に聖書の話をすることでお伺いしたのですが、若い先生方でクリスチャンでない先生方はなかなか聖書に興味がもてません。保育の疲れが出て、私の話の時にみんな居眠りが始まります。私も寝そうになりました。

 そこで、聖書の話ではあるけれど、子どもや教育の話をしたのです。すると一所懸命起きて聞いてくださったのです。その話を聞いていて、園長先生が「こういう話はお母さん方にも聞いていただきたい」と言われ、翌年から年間6回程度の会になりました。

 今は、新しい園長先生になったのですが、それでも呼んでくださるので本当に感謝しています。かれこれ17年ほどになると思います。

相談も増えた

 どれをとっても懐かしいことばかりです。そんなある時、子育ての会にも来てくださったあるお母さんが、体罰のことを気にして個人的な相談をしてこられました。

 「叩いてはいけないと思うのに叩いてしまうのです」と辛そうに話されます。そこで私は「叩いてはいけないのですか?」とお聞きしました。「え、叩いてもいいのですか?」と驚かれました。「いえ、叩いて良いと言っているのでは無いのです。叩かないで子育てできるのですか?」と聞きますと「そうしたいのにできないのです」と言われました。「じゃ、叩いてもいいじゃないですか。その代わり、叩き方を勉強しませんか」と言いました。「いつもはどこを叩きますか?」「頭を叩いたり、顔をひっぱたいたりしてしまいます」「じゃ、頭や顔では無く、お尻にしてみませんか。そして、一呼吸というのを努力してみてください」「一呼吸?」「はい、私も教師になった時、先輩の先生に教えていただいて大変役にたったのです。カーッときたときにすぐその勢いで起こるのではなく、深く息を吸って吐き出してから、叱るのです。すると頭に血が上っていたのが、スーッと下がって、怒り方が変わります。叩くにしても力任せに叩かなくてすむし、頭を叩かないでお尻にしようと考えられるのです。ただ少し訓練が必要です。2週間、このことを意識してみてください」とお願いしました。このお母さんは努力されて、2週間で叩く回数も減り、頭ではなくお尻を叩くことができるようになってきました。一呼吸は最初難しかったみたいですが、だんだん習慣づいたみたいです。

相談の内容も多様化

 こうしたことを始め、次々と相談事が増えました。多くは子どもさんの発達に遅れがあるのではないかという心配、乱暴な男の子のしつけの仕方、不登校の問題でしたが、その中に時折、夫婦の問題、おじいちゃん・おばあちゃんとの関係、学校との問題なども出てきました。

 さらに今でこそAD/HDやアスペルガー症候群という障害名があって助かるのですが、その頃まだそうした名称が無く、どういうお子さんなのか悩んだことも多々あります。学習障害、AD/HD、アスペルガー症候群、自閉症スペクトラム等が一般化することで説明のつくお子さんもあり、次はその対処の仕方を一緒に研究しました。

 同時に子どもにも起こるうつ病や、お母さん方の精神的な病も相談事として増えてきました。正直、私にはわからないことだらけでした。その都度、図書館、本屋さん、インターネットで調べるのでした。

東京でも10年以上

 子育ての会はこのようにして進んできたのですが、東京に来ても10年以上続けています。小さな集まりですが、私は皆さんとお話ししていて楽しいです。子どもの成長を思うと嬉しくなります。

 難問のお子さんの事も一緒に考えています。

 今年一年ありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。

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