子育て通信 #114

スマホ依存!大変!

今年もよろしく

 2014年になりました。今年もよろしくお願いいたします。

 冬休みをどのようにお過ごしになりましたか? 楽しく、有意義にお過ごしになれましたか?

 現代は元旦からお店も開いているような時代になりましたし、塾の冬期講習は元日も関係無くしているところもありますので、年末年始の形も大きく変わってしまったように感じます。

 私の子ども時代の冬休みは、家の大掃除、餅つき、おせち料理作り、その合間を縫って子どもたちは近所の田んぼで凧揚げをしたり、路地でコマ回しをしたり、家の中で早々とすごろくやかるた取り、トランプをして遊びました。お正月も店は全く開いていませんでしたので、家で家族とかるた、福笑い、トランプなどととても楽しい日を過ごさせてもらったものです。

 現代の年末年始は変わりましたね。それも時代の流れで仕方が無いのかも知れません。

時代が変わった

 しかし、変わったという点では、インターネット、携帯、スマホの普及によって子どもたちの世界が変わったと思います。

 子育ての会でもネット依存、スマホ依存の事が話題になりました。私もその事に関しては関心がありましたので、調べてみました。

 かつて高槻にいた頃に「ゲーム脳」「携帯脳」という言葉が出だし、子どもの脳が一般的な正常な活動をしなくなることが発表されて、大変気になったことがありました。

スマホ依存

 それからも、この問題は消えること無く、さらに進化して子どものネット依存、携帯から形を変えてスマホ依存、それも「LINE」というアプリによって巻き起こされる問題が多発しました。

 15分以内に返信が来ないと仲間はずれにされるなどの「いじめ」が新たに出てきたわけです。そのため、片時もスマホを手放させない少年達が増えたのです。トイレに行く時も、お風呂に入る時も、寝ていても手放せないで、連絡が入ると何をしていても第一にするのが「LINE」だというわけです。

 優先順位の第一はLINEの返信ということなのです。それが良いはずがありません。しかし、少年達はその判断が十分についていないために、心を病みながらも、し続けることになります。

 しかもこれが依存症ですから厄介なのです。問題に気がついて早く直そうと努力しても、その努力が続かないのです。依存症ですから。これを変えていくのは大変大きな力、周りの協力が必要らしいのです。

 現在、スマホ依存になっている少年がどれくらいいるのかわかりませんがかなり高い数字であるといわれています。

イスラエルが滅んだのは

 旧約聖書を読んでいますと、ダビデからソロモン王の時にイスラエル王国が確立してすばらしい繁栄を見せたのですが、それが崩れ、挙げ句の果て、国が無くなってしまうのです。

 その原因は優先順位を間違ったことです。神様は真の神だけを礼拝し、仕えるようにとユダヤ人に再三教えてこられました。そして、ユダヤ人の信仰生活を見て、近隣諸国の真の神を知らないで偶像を拝んでいる人々が悔い改めて、自分たちの造り主である真の神に立ち返ることを願っておられました。

 ところが、ユダヤ人はその大事な使命を忘れ、むしろ周りの国々の神々に目移りしていくのです。ゲームが面白いのと同じように他の神々(偶像)はそれなりに面白く、手っ取り早いのです。

 農業のために天気の神や、土の神、水の神、農耕の神々がいて、手っ取り早いのです。それでユダヤ人は第一とすべき真の神様への礼拝が儀式的になり、疎かになり、優先順位を間違えてしまったわけです。その結果は悲惨です。ユダヤ人は、当時勢力をもったアッシリア帝国、バビロン帝国に滅ぼされ、民衆は捕囚の民となって各地に散らされてしまったのです。親子バラバラにもなったわけです。

優先順位って大事

 このように優先順位が崩れると色々なところに問題が起こります。家庭においては夫婦が第一なのですが、仕事が第一になったり、子どもが第一になったりするとその家庭が崩れる、とよく言われます。

 私もそうだと思いますが、夫婦・親子の関係は日本人には外国人のようにそう簡単に優先順位が割り切れないと思うのです。でも、確かに母子癒着など母子の関係が家庭の中で第一になったりすると問題が多発するのは今までの社会問題、事件を見ても言えることです。

 ユダヤ人の歴史だけでなく、私たちの家庭という部分を見ても、優先順位、つまり真の神様を第一にするという生き方・生活から外れると問題が起こります。いや、真の神を第一にしていても問題は起こります。正しいことを嫌う人々や社会構造があるからです。真の神を第一にしていても問題は起こるのですが、必ず、その問題は解決するというところがすばらしいのです。

 同じく、優先順位が間違っていた場合、それを悔い改めて正していくと解決に向かうものなのです。時間と努力が必要な場合は多々ありますが・・・

 幼いお子さんをお持ちのお母さんが子どもを叱ってばかりでなかなか愛せないという相談がありました。子どもを愛するのは大事な事です。そんなこと、このお母さんもわかっていらっしゃったのです。

 何が問題なのか? 一緒に考えてみました。おっぱいをあげる時期にテレビを観ながら授乳したそうです。お母さんが、テレビが大好きだからです。授乳中に赤ちゃんに微笑みかけることもなく、いとしい赤ちゃんの名前を呼ぶこともなく、ただテレビを観ていたそうです。

 こういうわかりやすいケースは問題解決までそう時間はかかりません。もちろん、本人が反省し、悔い改めて、そこから優先順位を変える決心と、子どもに笑顔で接し、話しかけていく、スキンシップをするという努力があってのことですが。幸い、この方の場合、徐々にですが、上手くいけたわけです。子どもがまだ小さかったということも幸いでした。

依存症という認識

 しかし、子どもも大きくなって、携帯だ、スマホだ、インターネットだ、ゲームだとなっていくと、このように簡単にはいきません。依存症ですから。

 アル中の方がなんとかアル中から解放されたいと努力されるけれども大変難しいそうです。何年間もアルコールを断つことが出来ても、ふと何かの拍子にアルコールに手を出したとたん大変なことになり、また一からやり直しといいます。そのために自助グループに入って、みんなで励まし合ってアルコールを断つようにされているわけです。それくらい依存症というのは大変なのです。

使い方の問題

 そういう中で子どもたちがネット依存、ゲーム依存、スマホ依存になったとしたら、一人で解決できるということはかなり難しいということです。

 私はLINEを含む少年達の問題を調べていて思ったのですが、LINE自体が問題なのでは無いということです。ありがたいアプリなのです。使い方が問題なのです。使い方ということは、使う人々のモラルです。

 それは一人で使うものでは無いので、関係者一同で問題解決に当たる必要があるのです。学校が関わる事も大事な事だと思います。「各家庭に任せます」と言うのは楽ですが、家庭でどうこうできる問題では無くなっていることを知らなくてはなりません。国家的に何かすべきかも知れません。このままではスマホ依存で日本はダメになるかも知れませんから。

それだけが問題では無い

 ただ、スマホだけの問題では無いということです。それを無くしても必ず何か出てきます。要はもっと根本的な優先順位を守る力です。

 もちろんそれは真の神を第一にするというのが根本なのですが、身近な生活の中で、幼いうちからしておきたいのは「我慢する」とか「お手伝いする」「自分のことは自分でする」というような基本的なことです。現代の子どもは、我慢しなくても色々なものが与えられるので、返って可哀想です。我慢を学んだ子どもは大きな宝をいただいたようなものです。お手伝いなどもそうです。

 教会という所はそういうことを生活の中で子どもたちにも教えていく大事な場所だと思っています。

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