子育て通信 #115

子ども時代に必要なのは

お手玉が有効?

 1月の子育ての会で、始まってすぐに子どものテレビ、ゲームの時間のことが話題になりました。それは〈「お手玉をする」とうつ、パニック障害が治る〉という本を紹介したことがきっかけになったのです。

 以前、テレビと雑誌でお手玉がうつ病の回復に良いということを見聞きしたので、本屋さんでこの本を買い求めたのです。「なるほど」と納得しながら読んだ本です。

 パニック障害やうつ病がお手玉をすることで治るのなら本当に安上がりで嬉しい話です。どれくらいの患者さんが治ったのか、どの程度の病気まで効果があるのか、もっと知りたいと思いました。

 また、以前に雑誌でうつ病がけん玉をすることで治るというのも見ました。新中野キリスト教会でもけん玉名人をお招きしてその妙技を見せていただきましたが、大変感動のショーでした。

 そして、けん玉は今や外国でも大変な人気になっていると聞き、その一端をユーチューブで見ましたが、すごい技をやっていました。

なぜ、お手玉やけん玉が?

 話を戻しますが、なぜけん玉やお手玉がうつ病やパニック障害などの精神的な病に効果があるのか、私は上手く説明出来ませんので、簡単に言ってしまいますが、人が元気で明るく行動したり、考えたりするためには脳がそのように活動している必要があるわけです。ところがその脳が十分に活動しなくなってしまうとうつなどになってしまうわけです。

 脳が活動するためにはセロトニンなどのホルモンの分泌が正常であることも大事らしいです。それが異常を来すと病気になるというわけで、けん玉やお手玉が脳の働きを正していくことができるということなのです。

 けん玉やお手玉は機械的ではなく、ちょっとした手加減の違いでその動きが変わります。それを予測したり、玉の動きを注意深く見ていたりすると脳は活性化するのです。しかもそれをすることで楽しさを感じるので、ますます良いわけです。

昔は普通のことだった

 こうした話をしていて、ふと私自身の子ども時代を思い出しました。小学校4年生~6年生の間、学校でビー玉、コマ回し、お手玉、おはじき、ドッチボール、キックベースボール、くつ隠し、どうま、ひまわり、肉弾、駆逐(本艦・水雷・駆逐)、けんぱ、釘刺し、何歩と何歩、ペコタン・ポコタン、思い出していくとまだまだ出てきますが、名前が思い出せません。

 こうした遊びは楽しかったし、一人では面白くなくて、数人から何十人も集まって楽しんでしていました。

 前にもここに書きましたが、私は運動神経が鈍く、体育は下手で嫌いでした。でも、これらの遊びは好きでした。どうしても不器用で、上手にはできないのですが、楽しかったです。

 近所の路地には私たちのビー玉遊びのための穴が掘ってあります。今じゃアスファルトで穴も掘れませんから、ビー玉遊びもできないですね。

 こうした遊びは人をうつ病にさせないようなものだったのではないでしょうか。他の人のビー玉を狙って遠くに飛ばして、自分のビー玉を最初の穴に入れ、第二、第三、と第五(天)の穴にまで入れて勝負を競うので、少しだけカーリングにも似ています。

 こうした機械を使わない遊びが大変良いわけです。

子ども時代の楽しいこと

 15年程前か、もっと前だったかも知れませんが、大手企業の社内クリニックでのこと、30・40代のサラリーマンがうつ病、うつ的症状でたくさんクリニックに来るようになったため、ドクターも困り果てました。

 その時、かなりの数で回復していった方法が紹介されました。それは、子ども時代(特に小学生・中学生時代)を思い出してもらうというものでした。しかも、その思い出す時に「楽しかったこと」を思い出してもらうのだそうです。

 軽い症状の人は、子ども時代の楽しかったことを思い出すだけで治っていったといいます。

 さらに子ども時代にサッカーをして楽しかったという人には、サッカーを楽しんでもらうように勧められたのです。すると子ども時代に帰ったようにしてサッカーをするうちにうつが消えていくというのです。

 ある人は音楽、ある人はプラモデルとスポーツだけではなく、子ども時代の楽しかったことを思い出して、それをもう一度「楽しい」と感じながらすることで回復していったそうです。

子育ての聖書??

 こうした事を見ても、子ども時代をどう過ごしたがということは大変大きな事だと言えます。

 しかし、育児に関する教えも時代と共に変わっているので、お母さん方が混乱するのも無理ないなあと思います。

 ある方は今でも昔の「スポック博士の育児書」をそのまま信奉していらっしゃいます。この本の原題は「赤ちゃんと子供の育児の常識についての本」だそうです。1946年に出版され、出版から6年で600万冊販売され、日本でも暮しの手帖社から第6版まで翻訳版が出版されているそうです。「育児の聖書」のように称賛されたのですが、この本に問題を感じた人は多くいます。

 私も特に気になるのは、親の赤ちゃんに対する関わり方です。「抱き癖が付くから、あまり抱っこしない方が良い」というのは何もスポック博士から出たのでは無いのかも知れませんが、それを後押ししているようなところがあるからです。

 しかし、現代ではそこが問題視され、公共機関が主催する「子育てセミナー」でも、そのことはおかしいとしっかり反論しておられます。

また、この本は版を重ねるに連れて内容にも変化があるようです。日本語版は第6版までで、英語では第8版(スポック博士の死後もその後継者が引き継いで書いておられる)まで出ており、その内容は更に変わっているそうです。

 「子育ての聖書」と言われた本が版を重ねるに連れて内容が変わっているのは、今のお母さんと、その前のお母さん世代は同じ本から違う子育てを教えられたことになるかも知れません。

 その点、本当の「聖書」は翻訳は新しい版が出ますが、全く内容は変わりません。神様の言葉がころころ変わったのでは困りますから。

子ども時代の過ごし方が・・

 では、赤ちゃん時代、幼児期をどう過ごせば良いのでしょうか? 「聖書」は「子育て」そのものを丁寧に教えていません。しかし私たち人間(大人)がどのように生きるべきかが書いてあります。

 そうしたことから判断して、私は子育ては、互いの「愛の成長」だと思っています。子どもを愛するのは親として普通ですが、中には「子どもを愛せない」と悩み苦しまれる方があります。愛は成長するのです。知識は助けになりますが、愛の成長は共に生きること、触れること等々で成長するのです。聖書は「互いに愛し合いなさい」と教えますし、究極的には「神を愛することと、人を愛すること」に行きつくのかも知れません。

 つまり、子どもは「愛されて育つ」事が望ましいのです。そして、その愛は子どもの脳に知識として入る前に、体験して蓄積され、「愛する人」になっていくのです。

 そして、神様の造られた自然を楽しんで欲しいのです。四季の風を肌に感じて、「心地よさ」「冷たさ」などを感じ、植物や風景の「美しさ」を感じ、野山・海川で遊ぶ「楽しさ」、動物・昆虫を通して「いのちの大切さ」等々を感じて欲しいのです。こういう感じる時期、時には我慢することを体験する時期、それが幼児期の大事なところだと思います。それが脳にインプットされ、その後の人生を生き抜く力になるのです。

 あなたの若い日に、あなたの創造者(神)を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また「何の喜びもない」と言う年月が近づく前に。(聖書)

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