子育て通信 #117

わが家の大きな出来事から

12年目なんだ

 東京に来て11年が終わり、12年目に入りました。子どもたちも大人になりました。大阪で一人暮らしをしていた母も今年1月に東京に呼び、教会の近くにアパートを見つけ、東京の生活3ヶ月目に入っています。慣れるのに時間がかかるかと思いますが、それなりに東京の生活を楽しみ始めてくれています。

 私たちが大阪と東京の違いに戸惑いを感じながら何年間かが過ぎていったことを思い出しながら、私も「けっこう東京になれたなあ」なんて感心しています。

 東京に来て、辛い思いをしたのはむしろ子どもたちでした。2月に転勤の話が来て、2月下旬に正式に転勤が決まり、子どもたちに話をしましたが、彼らの戸惑いは相当のものだったと思います。「転勤しないといけないの?」と聞かれて、こちらも辛かったです。

 実際、中学3年生になり、高校受験をしなければならない長男は大変でした。友達もいない、高校が全くわからない、授業も違う、雰囲気も全く違う。よく耐えたと思います。

 娘たちは特に大阪の友達と別れることが辛く、引きずるものがあったように思います。長女が6年生に、次女が4年生になる春です。思春期・思春期前期という時期でしたから。娘たちの心の痛みは私にはわかりませんでした。

犬を飼うことにしました

 大阪で約束していた犬を飼うことを遂に実行しました。何度もペットショップを見に行きました。その時の娘たちの目は輝いていました。子犬を見ているだけで、すでに心が癒されているのです。一方私の方はと言えば、「大阪だったら、もっと安かったのになあ」と、思いもよらない値段の高さに戸惑っていました。

 そんな中、一番安い店で、娘たちの欲しがっていた「ミニチュアダックス」を買いました。

 本当はそこに兄弟だった黒のダックスが2匹いたのです。黒の方がもっと安かったので、それを買うつもりで、娘たちをその店に連れて行ったところ、なんと黒2匹とも売れてしまっていて、ゴールデンのダックス1匹だけでした。値段が黒よりも2万円も高いのです。「この犬、やめとこう」と言ってくれることを期待しながら、「黒はいなくなったねえ。他、探そうか?」と言ったのですが、その子犬はしっぽを振りながら娘たちになついてきたのです。もうダメですね。二人は「かわいい!!」「買おう!!」と。

 辛い思いをしている娘たちのことを思うと私も決めるしかありませんでした。生後1ヶ月くらいの子犬は小さな箱に入れて持って帰ることができました。



新しい家族・そして別れ

 生きものを飼うのは大変です。でも、娘たちは引っ越して来たことのさみしさが、この子犬のお陰で癒されていったようです。名前はさんざん悩んだあげく「ラッキー」とつけました。

 私たちの家族となったラッキーは今年3月14日、死にました。なかなか最近は私たち家族5人が揃っていることが無いのに、この日は全員が揃っていました。

 一番遅く帰って来た私が夕食を食べていると、「何かおかしい」ということで子どもたちがラッキーを見に行きました。「ラッキーが変!」5人でそばに寄った時には、ラッキーは立てなくなってしまい、横たわって、少し喘いだかと思うと動かなくなってしまいました。ついさっきまで元気だっただけに、あまりの突然の変化に何が何だかわからなくなりました。起き上がってくるんじゃないかな、とか思いながら、みんなで声をかけるのですが、反応がありません。

 翌日、冷たい体になっているまで、まだ起き上がって、いつものようにエサをねだるのではないかと、心のどこかで期待していました。

 2年前に腹水が溜まり、入院させましたが、この時いのちを落としていてもおかしくありませんでした。ですから、私たち家族には心の準備ができていたと言えばできていました。でも、「その日」が来るとやはり辛いものがありました。

神様はすばらしい

 大阪から2羽の手乗り文鳥を連れてきていました。カゴから出すと、私の手の中で寝てしまうような文鳥でした。とても長生きしてくれたのですが、何年も前に相次いで死んでしまいました。

 この文鳥のさえずりは私の心を癒してくれました。

 この犬や文鳥から、神様の素晴らしさを思うのです。神様は私たち人間のために動物や鳥をお造りになりました。こうした動物や鳥によって人は慰められ、励まされるのです。

 ましてや神様の最高傑作である人間は実に素晴らしいと思います。

発達の節目

 新中野キリスト教会で行っている「子どもセンター」に入って来られたまだ赤ちゃんの様子を残しているお子さんが、卒園する時には「おにいちゃん」「おねえちゃん」になっているのです。たった1年でこんなにも成長するのです。

 「第一反抗期」、「イヤイヤ」期と言われる時期を迎え、赤ちゃんの時のようにはいかなくなった子どもたちが確実に成長しているわけです。子どもたちの大事なこころも成長しているのです。発達の一つの節目です。

 そして、さらに成長して大きな節目の「」思春期」を迎えます。思春期の子どもは難しいです(難しくない子も中にはいますが)。思春期を上手く通りぬけるとホッとします。「子育ての会」の大きな目的はここにあります。思春期を上手く乗り越えて大人になってくれることを願って、その時期の対応の仕方、あるいはそれ以前にしておくべき大事な事をお知らせしています。

 また、現代は子育てが難しい時代になりましたから、単に思春期だけにこだわらず、子ども時代全般について、どんな子育てが良いのか話し合いながら、私も勉強させていただいています。

余裕のなかった私

 新中野教会に来た当初、私は必死でした。教会に慣れること、今までとは違う仕事をこなすこと、全く新しく出会う人々と早く仲良くなること。そこにもってきて、私は大阪人で東京の雰囲気になじむこと自体大変でした。

 今思うと相当のストレスだったのでしょう。必死でそれらのことをしていましたので、私は子どもたちの心にまで気を配ることができませんでした。そんな中、ラッキーは子どもたちの心を慰め、励ましてくれたようです。

 同時に私の心も文鳥とラッキーは癒してくれていたのです。いなくなるとそういうことがわかるものなんですね。文鳥(さくら と チェリー という名前)を土に埋める時、「さくら、ありがとう」「チェリー、ありがとう」という言葉がスッと出てきました。

私の教師でもあった

 また、ラッキーを送るときも「ラッキー、ありがとう」が湧いてきました。なぜ「ありがとう」と思えるのだろうと考えましたが、私の中で印象深い一つのことは、家族の誰かがしんどそうにしたり、悲しんでいたり、辛そうにしていると、ラッキーはクンクン言いながらウロウロするのです。誰よりも家族のことを心配しているかのようでした。私も心配してもらった一人です。

 とても名犬、良犬ではない、むしろ「バカ犬」なのですが、この家族のことを心配する点だけはすごいものでした。このことでは私の教師でした。「私はこれほどまでに教会の人達のことを心配しているだろうか?」とよく反省させられたのです。

 改めて「こころ」の発達、成長ということは考えさせられます。人のことを思う気持ち。ラッキーは私たちのことをとても心配してくれました。

 現代は平気でいじめをし、友達を苦しめることを楽しんでいる小中学生がいます。色々な対策が練られても一向に減りません。そして、いじめを苦にして自殺してしまう子どもたちが後を絶たない。何と残念な日本になったんだろうと思います。日本は急成長したそうです。でも心の成長はどうでしょうか? 本当にこちらも成長しているのでしょうか? 豊かな国になったというのですが、心は豊かなのでしょうか? 改めて次の言葉が響いてきます。
「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。」
 (聖書 マタイの福音書5:3)
 子どもたちの心が真に豊かに成長して欲しいです。

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