子育て通信 #133

いつも、喜びませんか

六つになった

 A・A・ミルン
一つのときは、
なにもかもはじめてだった。

二つのときは、
ぼくは まるっきり しんまいだった。

三つのとき、
ぼくは やっと ぼくになった。

四つのとき、
ぼくは おおきくなりたかった。

五つのとき、
なにからなにまで おもしろかった。

今は六つで、ぼくは ありったけ
 おりこうです。
だから、いつまでも 六つでいたいと
 ぼくは思います。
(「子どもが育つみちすじ」服部祥子著 新潮文庫)
 これは「くまのプーさん」で知られるミルンの詩です。子どもの発達を大変よく表現していると思います。
 この幼子の時代に何を得ていくのでしょうか?

「安心感」という土台

 私の基本的な考えは、小学校に上がるまでは、「安心感の土台」をつくる時期で、それは基本的に両親とのコミュニケーションで築き上げられるものと思っています。そして、私はそれを2層構造で考えており、この「安心感の土台」をつくることが子育ての基本だと思っています。
 聖書には、マタイの福音書7:24-27
「だから、わたしのこれらのことばを聞いてそれを行う者はみな、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができます。
雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけたが、それでも倒れませんでした。岩の上に建てられていたからです。

また、わたしのこれらのことばを聞いてそれを行わない者はみな、砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができます。
雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけると、倒れてしまいました。しかもそれはひどい倒れ方でした。」
 とあります。
 人生の土台づくりはとても大事です。それは「安心感」の土台からです。

スマホが盗むもの

 保育士の方々を集めてセミナーが開かれた時、その講師の先生がこう言われたそうです。「赤ちゃんが一生懸命お母さんを見ながらおっぱいを飲んでいるのに、お母さんは全く赤ちゃんを見ていないということが増えているのです」と。
 私が大阪で「子育ての会」を始めた25年程前も同じようなことがありました。授乳中、お母さんはテレビを観ているというのです。
 実は授乳中は母子のコミュニケーションが密にとれる大事な時間なのです。ところが「おっぱいをあげればよい」と機械的に飲ませるだけの時間になっているというのです。
 あの講師の先生が言われたのはテレビでは無く「スマホ」でした。お母さん方が授乳中もスマホに夢中になって、赤ちゃんがお母さんを見ていても、お母さんは赤ちゃんを見ていないというのです。

 赤ちゃんの視力は30cm位がやっと見える程度といいます。それは授乳中にお母さんの笑顔を見るのにちょうど良い視力なのだそうです。この時期はお母さんの笑顔さえ見れればよいのです。他のものは見えなくてもよいのです。お母さんの笑顔を見て、お母さんがいつも「自分」のことを見守ってくれているという「安心感」を得るためにとても大事な時間であり、コミュニケーションの時なのです。ところが、その大切な時間が「スマホ」に盗られて、赤ちゃんが不安定になり、色々と問題が起こることがある、と言われていたのです。

 私の考えでは、赤ちゃん期に「安心感の第一の土台」を据えることが一番大事なことで、それによって第一反抗期の「安心感の第二の土台」を築く力になるのです。そして、その二つの安心感で「安心感」という土台ができると、思春期、反抗期に入っても親子が心のどこかでしっかりとつながっており、大きな問題に至らないのです。またたとえ問題が起こっても、それを乗り越える力を持つのです。

赤ちゃんの気持ち

 子育ての基本は「笑顔」だと思います。もちろん「叱る」時に「笑顔」は見せられないかと思いますが、赤ちゃんの時に「叱る」ことはあるでしょうか?
 ハイハイしたり、つかまり立ちして、危ないものを触る時に「叱る」ということがありうるかも知れませんが、ほとんど叱ることは無いと思います。つまり、神様は赤ちゃんを叱って育てるようには造られなかったということです。

 私たちの体は感情によって体液の状態が変わり、体調も変わるそうです。笑顔は体液をとても良い状態にしますので、体調も良くなります。要するに笑顔の多い人は良い人生を送るのです。たとえ「つくり笑顔」でも(心からの笑顔でなくても)体液は良い方に向かうそうです。

 赤ちゃんは視力が弱いものの、見えるものの表情をまねていると言われます。つまり、赤ちゃんが笑うのはお母さんの笑顔を見てマネをしているのだというのです。そして、笑う赤ちゃんの体液は良い状態になり、体調が良くなるのです。
 その赤ちゃんが泣くのは、不安や気持ちが悪いからで、安心させて欲しい、気持ち良くして欲しいからです。それができるのはお母さんです。泣き声はお母さんを求めているのです。お母さんはお腹に赤ちゃんができた時から、特別なホルモンが出て、赤ちゃんをいとおしく思うようになるのです。それは残念ながらお父さんには無いのです。全く無いというのでは無いですが、格段の差があるようです。お母さんが赤ちゃんを出産する時、このホルモンがどんどん出て、「いとおしくてたまらない」という気持ちを持たせるそうです。それが、赤ちゃんに対して「この上も無い笑顔」をつくるのです。
 お腹の中で守られてきた赤ちゃんは生まれてきても当然お母さんとの繋がりは密です。お母さんを見つめながら成長します。当然、笑顔が良いわけです。

いつも喜べ!

 次の聖書の言葉が浮かんできました。
「いつも喜んでいなさい。」
(新約聖書 テサロニケ人への手紙第一 5:16)
 なんとも短い一節です。しかし、この言葉が多くの人を励ましてきました。

 「子育て」は「親育て」とも言われてきました。子どもを育てるということは多くの犠牲を伴います。そして、その犠牲を犠牲とも思わなくなっていくものです。その時、親の心は「人」としても大きな成長をしているのです。
 人は自分のために生きていると必ず虚しくなります。子育ては「わが子のために」と、人のために生きることであり、そこから学べるものが実に多くあるのです。そして、さらに「他の人のために」と生きる喜びを感じるようになるのです。

待つ

 子育ては忍耐です。「待つ」ことを覚える大事な時でもあります。現代はインスタント時代、スピード社会になり、「忍耐」「我慢」「待つ」といった言葉が消えつつあります。これが子どもにとって、とても大事だということは誰もがわかっているのですが、親自身「早くしなさい」と叫んでしまったりして、待てなくなっています。親自身がその言葉を学ぶ必要があるわけです。

 待つのは必ず祝福が待っているからです。聖書は「喜べ」と言います。時にはとても喜べないのに「喜べ」と言います。これは「信仰」無しには言えないことがあります。私の経験からもそう思います。子どもの未来を待つのですが、そのために「今」「喜ぶ」のです。喜んで待つのです。

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