子育て通信 #140

子育ての中心は・・

子育てに悩む?

 子育てに不安を感じたり、悩んだりする人が多くおられます。どうして不安になるのでしょうか? 悩むのでしょうか?
 「子育てで悩んだ事なんて無かったなあ」と言われるおばあちゃんが多くおられます。昔は子育てで悩むことは無かったのです。というよりも、子育てで悩んでいる暇が無かったのです。何しろ電化製品の無い(少ない)時代ですから、「家事」で大忙しで、子育てを悩んでいる暇が無かったのです。
 そして、昔は子どもを自由に遊ばしておいても問題が起こらなかったし、近所の人もどこの子どもかよく知っていて、みんなの目が子どもたちを見守っていました。
 さらに習い事などもほとんど無かったので、学校以外に何かを習わせることを悩む必要もなかったのです。
 そういう時代の子育ての心配事というのは、体の弱い・病気がちな子ども、障がいをもっている子どもに関してでした。この分野はまだまだ進んでいませんでしたから、親御さんは将来を案じ、悩まれました。

子育てに大事なものとは

 ところで、あなたは子育てを楽しんでおられますか?
 子育てって何なのでしょうか?
 どこに向かって子育てしているのでしょうか?
 次の聖書の言葉は子育ての本質を突いていると思います。

箴言22:5-6

22:5 曲がった者の道にはいばらとわながある。たましいを守る者はこれらから遠ざかる。
22:6 若者をその行く道にふさわしく教育せよ。そうすれば、年老いても、それから離れない。
 まず、子育ての本質を考えてみましょう。

どんな数字が入りますか?

 9マスの魔方陣をご存知ですか?
 1~9の数字を全部使って、縦・横・ななめ、どこの3マスを足しても15になるようにしてください。
 真ん中のマスに来る数字が「カギ」ですね。そこの数字は決まっていて、変えることができません。他のマスの数字は多少入れ替えることができます。

 では、子育て、教育ではどうなるでしょうか?
 一度、子育て・教育で必要と思うことを書き込んでみてください。
 子育てのために必要なことはいくつかあると思いますが、ここでも、変えてはいけない中心があります。
 中心に「愛」が入るのは、案外簡単にわかるのかも知れませんが、実際に「愛」を中心とした子育てができるかというと、そこが悩みどころかも知れません。
 実は、「愛」さえあれば、他のことは少々どんなことがあっても子育ては問題ないのです。
 この聖書の言葉は大事ですね。
「そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。愛は結びの帯として完全なものです。」
(コロサイ人への手紙 3:14)

 また「愛」は子育てをする中で成長していくものでもあるのです。

 が、母親というのは赤ちゃんを生む時に特別なホルモンが多量に出て、「いとおしくてたまらない」という思いを満たすのです。神様は母親にそういうホルモンを用意されたのです。これは父親にはほとんど無いと言われています。ですから基本的に母親は我が子を「愛する」ものなのです。その「愛」をさらに育むのです。

 では、子どもの発達を見ながら考えてみましょう。

愛を覚える時期

 愛情たっぷりに育てられてきた赤ちゃん。赤ちゃんは「愛」を知的に理解していませんから、「愛」を理解するには現実に自分に関わってくれる人の行動が必要です。
 赤ちゃんは泣くことしかできません。でも、泣けばお母さんが飛んできておっぱいをくれたり、おしめを替えてくれたり、だっこしてくれたりして嬉しくなるのです。心地よくなるのです。こうしたお母さんの行動から、或いはお父さんの行動から「愛」を蓄積しています。
ですが、こういう行動でも機械的にすると赤ちゃんは元気を失います。ある場合には死に至ったり、精神的におかしくなったりするという報告があがっています。つまり、親の「愛」からの行動が必要なのです。愛情たっぷりのだっこ、愛情たっぷりのミルクタイム、愛情たっぷりのおしめ替え、愛情たっぷりのお風呂タイム等々が大事だということです。

おっぱいを終えて

 そして、そういう時期もしばらくすると無くなっていきます。まず最初は、おっぱいでしょうか? おっぱいを終えると、赤ちゃんとしてはそこからお母さんの愛情をたっぷり感じていたのですから、それが欠落することになります。それは欠落というより赤ちゃんの発達による結果です。だんだん自立していくというわけです。
自立していくというのはだんだん親の愛情が減っていって良いというのではないと思っています。おっぱいを通して愛情を注ぐことが無くなっただけで、赤ちゃんは次のかたちで愛情をもらいたいのです。まだ、おしめ替え、だっこは残っています。さらに次のかたちは何でしょうか?

 赤ちゃんの時にもいっぱい話しかけてあげることが大事なのです。言葉の意味がわかっていないと思っても、話しかけること自体が「愛」を伝えもいるのです。お話しをするというのはとても大事な愛情表現です。
 そして、子どもがおしゃべりするための言葉をどんどん蓄えている時なのです。

 第一反抗期の時期になると子どもはおしゃべりになっています。そして、最初の「いや、いや」に始まり「自分でする」と言って、親の手出しを嫌がります。こうして、最初の「親からの自立」を試みています。
 この時期は同時に親から愛されていることをしっかり確認してこそ、その自立心が養われ、赤ちゃんから子どもへと成長できます。お父さんやお母さんといっぱいお話しして、ダメなことをしたら「ダメ」と言われ、良いことをしたら「いい子ねえ」とほめてもらうのです。

おしめも終えて

 子どもの成長は早いものです。あっという間におしめの時期も終わります。もちろん、個人差は大きいですから、なかなかおしめのとれない子もいますが、その時は「まだおしめ替えからの愛情が欲しいんだな」と思っておけばよいのかも知れません。
 このおしめを替えるという愛情表現も終わりを迎えると、後は抱きしめなどの方法で愛情を伝えていくことになりますが、一緒に過ごす時間が大切になるようです。食事を一緒に採るとか、一緒にお買い物に行くとか、散歩するとか、絵本の読み聞かせをするとか、お手伝いをするとか等々考えられます。
 つまり、おっぱいもおしめも終わっても、次々発達に応じた愛情表現があるのです。そうした愛情表現の積み重ねで子どもの人格が形成されていくのです。
 一般的に「絵本の読み聞かせが大事」などと言われるとそればかりしてしまう方もありますが、読み聞かせだけが大事なのではないのです。読み聞かせは良いものですが、「読み聞かせ」はテレビやビデオと何が違うのでしょうか? ただ絵本を読むだけなら、テレビやビデオの方が優れています。大事なのは「読み聞かせ」の時のコミュニケーションです。子どもはそこから愛を受けているのです。テレビやビデオからは愛を受けません。
 以前テレビで、中国語の教師がビデオで赤ちゃんに教えても、赤ちゃんの脳は反応せず教育的効果は無かったけれども、その教師が同じ内容をビデオではなく、直に赤ちゃんの前ですると脳は活発に反応し教育的効果があったというのを報告していました。機械的なものでは赤ちゃんの脳は活動しないのですね。いかにコミュニケーションが大事かということだと思います。

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