子育て通信 #145

気楽にいきます

やっと書きました

 昨年10月を最後に急に「子育て通信」が途絶えました。個人的に色々な事が重なって、あまりの忙しさに身体も壊しそうになりました。そのため、「子育て通信」が書けなくなり、今に至りました。
 最近、少し落ち着きを取り戻しましたので、また「子育て通信」を書こうと思い始めたのですが、毎月確実に出せる自信が無いので、不定期発行にしようと思います。気楽にいこうと思います。

子育ての会とは

 初めて「子育て通信」を読まれる方もおられるので、最初に「子育ての会」について書こうと思います。
 新中野キリスト教会では、だいたい毎月第2金曜日の10時~11時半、「子育ての会」を開いています。どんなことをしているのかというと、実は大したことはしていないのです。コーヒーなどを飲みながら、子育てのことや最近の子ども事情、幼稚園や学校のこと、思春期問題などを話し合っています。
 時には個人的な悩みをその場で打ち明けてくださる方があり、みんなで解決策を練るのです。これがまたなかなか良くて私も大いに教えられます。
 「子育て通信」は初めて数か月ストップさせてしまいましたが、「子育ての会」は続けてきました。私は大阪の高槻市というところで牧師をしていましたが、そこでも15年ほど「子育ての会」をしてきました。

スタートは

 スタートは、私が中学の教師をしていたので、思春期の子どもをもつお母さんから相談を受けたことからでした。その相談に対して答えると、もっとそうした思春期の子どもの気持ちなどを教えて欲しいと言われ、そういう方が他にもおられたので、「会」にしました。

 その内、赤ちゃん誕生が次々とあり、私のところも同じでしたので、赤ちゃんからの発達をみんなで話し合うことにしました。私は学生時代に習ったことが懐かしく思い出されて、もう一度調べ直したり、あまり知らなかった赤ちゃん、幼児期のことを調べるようになりました。すると私の好きな「思春期」「反抗期」と大きな関連のある部分を見つけ出し、一連の流れの中で「発達」を考えることができ、私が仕入れた情報を皆さんにお話しするようにしました。

増えていって

 そうこうするうちに、小さな「子育ての会」の人数が増え、教会だけで無く、他でも行うことになりました。ある方がご自宅を開放してくださったり、マンションの集会室を借りたり、地域の会館を借りたりして行うことができました。幼子を連れてこられるところもありますので、子どもの賑やかな声の中で和気あいあいと行ってきました。

 時には、不登校や、いじめ、子どもさんの問題などの話が出てきて、具体的にどのようにする事が良いのか、色々みんなで話し合いもしましたし、私も調べてきたり、自分の経験からお話ししたりしてきました。「なかなか子育ては難しいなあ」と思ったものです。わが家も例に漏れず、色々大変でした。しかし、「子育ては楽しいなあ」と思えたのです。
 子どもはみんな違いますし、親だってみんな違います。同じ子育ての仕方でいいわけないと思います。そういう中で、それぞれの子育てを語り合うと参考になることがたくさんあったのです。

東京でも

 新中野キリスト教会に転勤になってからはこちらでも「子育ての会」を開きました。数名ですが楽しく行っています。時には難題が持ち込まれますが、それもいい勉強になります。
 子育てには基本線があります。基本線は外れない方がもちろん良いわけです。が、もし外れてしまっても回復の道もあります。また、基本線は同じでも、子どもが違うように、各家庭なりの子育てがあります。田舎だと自然に触れるのは日常茶飯事でも、都会ではそうはいきません。都会流の自然とのつきあい方も「子育ての会」で話し合うことで参考になることが一杯です。

私の学生時代

 さて、私はというと、クリスチャンになり、それからすぐに大学生になりました。大学は教育学部の養護学校教員養成課程で、障がい児教育研究室という研究室に所属しました。4年間、多くの実習をさせていただき、また「障がい」のことを多く学ばせていただきました。子どもを知るためには発達を勉強しなければならず、その学びは大変面白く、しかし、なかなか難しいものでもありました。
 そういう中で、特に中学生くらいの年齢の子どもに関心を持っていた私は、その年代の障がいをもった子ども達に「反抗期」があるのか気になりました。「反抗期」が大人になる大事な節目ではないかと思っていたからです。同時に、「反抗期」を起こさせることで発達するのではないかと考えたのです。そのことを教授に相談しましたが、そういうことを調べた文献は無かったのです。
 そこで、教授は私にそのことを「ライフワークにしたらどうだ」と言ってくださり、卒論も、研究室とは直接関係のない「第二反抗期の研究」というテーマで出すことになりました。
 第二反抗期を調べるということは「思春期」を調べることでもあり、子どもから大人へと発達する大事な時期です。とても面白く、中学生や小学6年生を10人くらい家庭教師をして実際に彼らの悩みを聞いたりして、思春期や反抗期を直に学ばせていただきました。
 さらに教会でも中学科クラスを受け持ち、高校生クラスのアシスタントもさせていただきました。これはすごく良かったです。思春期の子ども達の気持ちを理解するのに大いに役立ちました。

教師になった!

 大学を卒業して養護学校の教師になりたかったのですが、教師採用試験に落ちてしまい、別の職業を考えていたら、高槻の教育委員会から電話をいただき、「産休講師」として中学校の障がい児学級(今の支援学級)に来いと言われました。即刻、教育委員会で手続きをして、中学校勤務が始まりました。6名だけのクラスでしたが、みんなそれぞれの障がいをもち、大変でしたが、私には楽しい毎日でした。

 翌年、採用試験に受かったものの、中学校採用で、美術の教師として生徒数1500名ほどのマンモス校に赴任しました。1年生11クラス全部を受け持ちましたが、これもまた楽しい毎日でした。ダウン症の生徒、やや自閉症の生徒というように障がいを持った生徒達がいたことも私には楽しいものでした。
 そして、その頃「登校拒否」という呼び名で少しずつ「不登校」の生徒が増えていました。まだまだ「どうして学校に来れないのだろう?」と教師も首をひねるような時代でした。そんな中で一人の不登校の女の子と話ができたことは私にとって大きな学びになりました。

牧師になった!!

 その後、教師を辞めて牧師になりました。今度は中学生だけではなく、全ての年齢の人がいます。しかも、単に身体的な成長、知的な成長、精神的な成長だけでないものをも扱うのです。
 いわゆる「信仰」による世界です。人間は肉体と精神だけでできているわけではありません。「霊」があります。「霊」というとどうしても幽霊のようなものを想像しがちですが、そんなものではありません。私は適切な言葉が無いので、「その人の本質」とか時には「人格」という言い方もします。この「霊」はその人そのもので永遠性を持ちます。
 そして、これは神様(唯一のお方で、私たちを造られた創造主)との関係が深いものです。赤ちゃんを見ていると、私たち人間が育てているというよりも、もっと偉大な方が母親の胎内で形づくり、その後も守り育ててくださっていることを感じます。子どもは非常に単純に神様を信じることができます。
 この幼子の大事な時期に神様を知ることは人間として一生涯を有益なものにすることができます。
 心が形成される大事な赤ちゃん、幼児、子ども、思春期という時期に心の奥深くにある「自分」を成長させて欲しいと思っています。

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