子育て通信 #154

第二の誕生日をいただいた

5歳の誕生日に

 3月は私と娘の誕生月で何となく嬉しいです。しかし、私の頭の中に刻み込まれたことがあります。それは5歳の誕生日でした。父の誕生日が私の前日だったので、赤飯の残りを私の誕生日の朝に食べようとしました。
 朝食の準備を終えた母が「おじいちゃん、呼んできて」と言うので、私は掘りごたつに入っている祖父を呼びに行きました。「おじいちゃん、朝ご飯だよ」。祖父は掘りごたつのテーブルに顎を乗せて寝ていました。何度か呼んでも起きないので、しかたなく「おじいちゃん寝てて起きないよ」と母に言いましたら、母と祖母が急いで居間に向かい、それから父が飛んできました。何かしら一気に家の中が慌ただしくなったのです。
 私は一人で朝ご飯を食べることになり、何が起こったのかさっぱり理解できないでいました。しばらくするとお医者さんが来ました。そして、帰ると、もっと慌ただしくなりました。

祖父の死

 祖父は亡くなったのですが、5歳の私にはそのことが理解できないでいました。お葬式がどのように行われたのかもう覚えていないのですが、私は誕生日毎に祖父を堀こたつのところに呼びにいったことやその後の慌ただしさを思い出し、あの5歳の誕生日は祝ってもらえなかったことを思い出すのです。
 私はおじいちゃん子で、祖父と寝ていました。その祖父がいなくなって一人で寝るようになったり、いつも庭いじりを一緒にしていた祖父がいないことで、私は「死」というものを初めて知りました。私は自分の誕生日毎に「死」を思い出すのです。

恐い死後の世界

 しかし、「死」を恐いものとかさほど考えないでいましたが、小学生の低学年の時に、祖母が「死んだらあの世に行くんだよ」と言って、「良い生き方をした人は極楽にいくけど、悪い事をした人は地獄に行くんだ」と話してくれました。「地獄には閻魔さんがいて、ウソをついた人の舌を引っこ抜くんだ。そして悪い事をした人は針の山を裸足で歩かされる。その向こうに熱い熱い釜があって、その中に投げ入れられるんだよ」と話してくれました。その頃はそれが本当にあるんだと思い込み、恐くなりました。

死んだらおしまい??

 しかし、すぐ大きくなって、小学生の高学年になると「死後の世界は無い」と思うようになっていました。さらに進化論を習うと、ますます死後の世界は無いと思うようになりました。この考えのままで高校3年生まで進むのです。でも、毎年誕生日にはあの祖父の掘りごたつの姿を思い出していました。「死んだら、おしまい」というふうに思ってです。
 ですから私は命というものを軽く考えるようになり、さらには生きるということにも意味が無いというように思うようになっていました。「生きている間,楽しく過ごせたらそれでいい」「どうせ、死んだら終わりだし」と。今思うとなんと虚しい青春時代を過ごしたのかと思います。何度も「子どもの時にクリスチャンになっていたら良かったのなあ!」と思うのです。

死後の世界はある!

 しかも、いつも誕生日は学年末テストなどの頃なのです。ゆっくり誕生日を祝ってもらえませんでした。
 そんな私を劇的に変えたのは、18歳の誕生日の前後です。目を患って失明しかけたからです。このことは前にも書きましたので省略しますが、クリスチャンの母の祈りによって癒されてしまいました。初めていく大学病院で検査してもらったときには治っていましたので、私も目医者さんもビックリしたのです。
 それで「神はいるかも知れない」と思った私は教会に行き出しました。すぐに「神はいる」とわかりました。「イエス・キリストが神だ」ともわかりました。
 今まで「死んだら終わり」と思っていたことが「終わりでは無い」とわかって、私の人生は急に生きることに意味を持ち出したのです。しかし、祖母の言っていた恐い地獄。だいぶ違うみたいですが、それもあるということを知りました。

私の第二の誕生日

 18歳の私は新しく生まれたのです。第二の誕生日をいただきました。
 今思うと私はあのままクリスチャンにならなかったら自殺していたかも知れないと思いました。自分に自信は無いし、人生は虚しいものだし、生きている意味が無いと思っていましたから。そういう意味でも本当に第二の誕生日です。

 私は失明しかけ、癒されましたが、右目は何の影響か角膜に異常が起こって視力はがた落ちになりました。一応0.01ということになっています。メガネをかけても0.2くらい。コンタクトレンズは合わないためにできません。このことでは辛いことがありましたが、「目」というのはすごいつくりになっていることを知って、改めて神の存在と神のすごさを感じたのです。

目はすごい!

 丸い眼球で物や景色を見て、網膜に映しその逆さに移っているのを神経が脳に伝達して,脳はその電気信号をキャッチして正しく元に戻して見たものを感じ取れるようにしているというすごい働き。そのために、まぶた、角膜、水晶体があり、水晶体を焦点を合わせるための毛様体などがあり、光の量の調節のための光彩があり、その角膜を保護するまぶたがスムーズに動くように、また栄養を与えるために涙があり・・・・と、物が見えるようにするために、こんなにも色々なものがとても複雑に絡み合っていることを知りました。
 ある学者は「目を研究していると、こんなものが勝手にできたとは到底考えられない。とても偉大な知恵をもった方がこれを作ったとしか言いようが無い」と言っておられました。
 もちろん目だけではありません。耳だってそうです。音が聞こえるための構造、平衡感覚を掴むための構造など不思議でたまらないです。鼻だって、口だって・・・体中どこを取り上げても不思議でならないすごい構造です。このすごい構造が勝手にできたとは到底思えません。「神(創造主」という偉大な知恵をお持ちのお方が全てを見事に整えてくださったのです。

子どもは造れるのか?!

 かつては「子どもは天からの授かり物」と尊んでいたのが、いつからでしょうか「そろそろ子どもを造ろう」「もう一人造ろうか」というような、まるで人間がこのすごい人間を造れるかのような言い方になったのは?
 確かに医学が進み、かつては神頼みしかできなかったような病気も今では手術や薬で治るようになってきたのは事実でしょう。しかし、それはもともと神がそのように人間に知恵と探究心を与えてくださったからです。
 勉強においても色々なシステムが構築され、今では偏差値が子どもの価値を表すかのようになってきました。そして△△高校、○○大学に合格することが人生の目標のようになり、学校や塾の教師もそれができると良い教師であるかのようなランク付けがされるような時代。

平和を生み出す人

 真に人々に親切で、平和を思う人を目指しているのだろうか? と考えてしまいます。それは小さな世界では、その人の「家庭」が幸せなのか? ということですし、その子のクラスが幸せなクラスなのか? ということです。

 イエス様の言われた
 「平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるから。」
  【マタイの福音書5:9】
という言葉が、私には響きます。

 子どもセンターやキッズ・エンジェル(共に新中野キリスト教会の子どものための活動)の子ども達を見ていると、幸せな顔をして優しい目をしているので、嬉しくなります。小さな子達が讃美歌を歌い、お祈りするのです。
 いつだったか、痛む私のために幼い子ども達が祈ってくれました。これが平和を生み出す力ではないでしょうか? 

 3月、こうした子ども達とお別れする時期でもあるので、すごいさみしさを感じる季節です。みんな続けて教会に来て欲しいです。待ってまーーす!!

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