子育て通信 #38

いつのことが影響するの

変化する教育

 小学校に英語の授業が導入されるということから色々な議論が巻き起こされています。「国際人になるために早くから英語を学ばせよう」と言われたかと思うと「国際人になって欲しいからこそ、外国語を学ぶ前にしっかり日本語を学ぶべきだ」と言われたり、どれも一理あって難しい問題です。

 いつの時代になっても教育は変化していきます。生活が変われば教育も変化して当然でしょう。しかし、忙しく変化が激しいせいでしょうか、教科書にたくさんの間違いがあり、訂正されないまま出されてしまったのにはあきれます。未だかつて無かったことです。

 戦前、戦中、戦後このわずかな間に教科書は墨が塗られたりして、教えられてきたことが教えられなくなるばかりか、教えが全く反対のことまで出てきたのです。

 今も、教育界の混乱は続いています。いつ頃、何を学ばせると良いのか?早期教育の問題は無いのか?また、かつては考えたことも無かったような子どもたちの精神的問題に対しての対処方法は?等々



みんな違うのに

 子どもはみんな違うのですから、何もみんな同じ事を同じように勉強させる必要はないのです。とは言ってもそんな理想論は通らないのが世の中です。日本でなければ通るかも知れませんが。

 どうしても同じようにできていないと心配だらけの日本では、個々の子どもの能力や性格などおかまいなしに勉強すべき事が決められてしまうのです。勉強することは大事なことです。でも、勉強は何のためにするのかという原点に返ることも大事かと思います。



何のための勉強

 かつて私が中学の教師だった時、私は美術の教師でしたので、3年生にもなりますと「先生、何で美術なんか勉強しなくてはいけないの?」と尋ねる生徒がたくさんでてきました。その気持ちもよくわかります。高校受験ではほとんど美術が必要とされないのです。

 私はまず、「美術を学ぶのはきれいに絵が描けるとかいうことよりももっと大事なことがある」と言っていました。「美術を学ぶことで何が美しいのか、何が醜いのかを知っていくことが、自分の人生で何をして良いのかしていけないのかを見極める力にもなるんだ。また、物体を見つめることで、今まで見えていなかったものを見抜く力が身に付く、さらには見えないところに奥深く潜んでいるものを見抜く力もついてくる。自分の心の美しさ、醜さにまで気がつき、自分自身の生き方に影響を与えるのだ」なんてかっこいいことを言っていました。でも、本当にそうなのです。


いつ頃何を学べばいいの?

 相談を受ける中で、割と出てくる質問に「習い事は何歳からがよろしいでしょうか?」というものがあります。実は大阪にいたときの方がこの質問は多く、また、講演会で遠方に出かけたときの方が多いのです。東京ではきっと習い事が普通になっているのではないかと思うのですが、「何歳頃から」とはあまり聞かないのです。むしろ「子どもが嫌がっているのですが、続けた方がいいでしょうか、止めた方がいいでしょうか?」という方が多いです。


ほとんど無かった

 確かに幼稚園や、学校以外の習い事はどうすればよいか悩まれることと思います。昔はそういうことで悩むことはほとんど無かったのでしょう。何しろ私の子どもの時には習い事をしている子はわずかしかいなくて「習字」「そろばん」くらいでした。そして、女の子で何人か「ピアノ」でした。でもほとんど習っていませんから、遊びに行くとたいてい誰とでも遊べたものです。今は子どもたちも遊ぶためにはアポイントを取らないと難しいみたいですね。


何を身につけさせたいか

 習い事に限らず、子どもを育てるにあたって、子どもに「何を身につけさせたいか」が問題なのではないでしょうか。子どもが生まれる前は「元気で生まれてきさえすれば後は何もいらない」と言って子どもの誕生を喜ぶのですが、生まれてくると今度は色々なことが出来る子になって欲しいと願うものです。親の勝手と言われればそうなのですが、子どもを思う親の気持ちはそういうものでしょう。

 しかし、そこで「人がやっているから、うちも」ということではどうでしょうか?子どもはみんな違います。興味も、性格も、出来ることも、出来ないことも。元気に動き回ることが好きな子と、比較的静かなことが好きな子があるものです。興味のあることをやらせるのがよいとは言い切れませんが、発達において興味のないことをやらせてもなかなか上達しないのは普通です。

 色々なことを経験しておくことに意味があると思われるなら、それも一理あり、好き嫌いに関係なくいろんなことにチャレンジするのも良いかも知れません。

 ただ、私はここであえて注意したいと思うのは、色々なことをするのは良いのですが、大事なことを見逃して「習い事をしていれば大丈夫」という感覚を持ってしまうことです。もちろん楽しければよいというものでもないかも知れませんし、継続は力ですから、忍耐してがんばることも大切でしょう。問題は幼い内からするということです。


遊び

 基本的に幼い内は「遊び」から学んでいくことが多いわけです。近年は遊ぶ場所がないために「遊び塾」も出来ていますし、地域などのボランティアで「野外活動」をしてくださるところもあります。遊びは子どもの発達にとても大きな力を持っています。勉強と遊びは違います。ある子にとっては勉強さえ遊びになることがありますが、ある子には遊びさえ勉強になってしまうこともあるのです。幼いうちの遊びは子ども同士のコミュニケーション、体の発達、運動神経の発達、脳の発達に欠かすことの出来ないものです。遊びを軽視してはならないのです。


思春期に影響する

 幼児期に蓄えたことが大人になって出てくるのですが、思春期にそれが現れてきます。「9歳の壁」と言われる時期に、今まで蓄えた感情や体験などをもとに客観的視点を持って組み立てていきます。そして、抽象的な思考が深まりますし、自他の違いに気づき相手に対する配慮も出てきます。そういう中で大人としての思考、振る舞いへと変化が始まるのですが、それがしっかりと形成されるのが思春期でしょう。ですから、思春期までに何を蓄えてきたかはその人の人生に大きな影響を与えるわけです。

 思春期以後でも蓄えることの出来るものであれば、あわてることも無いのでしょうが、思春期を過ぎてからでは困るものは何とか思春期までに身につけたいわけです。では、そういうものに何があるのでしょうか?かつては「基本的生活習慣」という言い方で表現されたものがあると思います。ただ、これも時代の変化、国際化などによって「基本的生活習慣」と言っただけではわからなくなってきたのかも知れません。でも、これが大事なのです。いわゆる「早寝、早起き」「挨拶」「規則正しい食事時間」「自分のことは自分で出来る」等々です。そして、その上で「お友達と仲良くできる」などが加わってくるのでしょう。

 こうしたものが思春期に影響しています。日常生活の中で家族とどのように生活しているか、遊んでいるか、お話ししているかが最も基本的と言えるわけです。思春期になってこういう基本的なことをやり直す子どもたちは大変です。本当の優先順位を見ていただきたいです。


聖書の言葉

 
あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また「何の喜びもない」と言う年月が近づく前に。(伝道者の書12:1)
                         

 私はこの言葉がとても大事だと思っています。何と言っても人間にとって大事なことは、自分を作られた神様を覚えることです。幼いときからこの神様を覚えていると、悪の道に遠く、自分勝手にも遠くなるのです。最優先はこれだと信じています。

バックナンバー