子育て通信 #41

大人になる、する?

いつまで子育てしますか?

 「あなたはいつまで子育てすることに決めていますか?」という質問をされたら、あなたはなんと答えますか?

 「義務教育が終わるまで」「18歳まで」「20歳まで」「大学卒業まで」「就職するまで」「結婚するまで」「独り立ちできるまで」色々な答えがありそうです。

 いや、「いつまで子育てするのかなんて考えたことが無かった」という方も多いのではないでしょうか。こういう事を学校で習ったことも無ければ、役所から通知が来たわけでもありません。義務教育が始まるときには就学通知書が送られてきますし、おなかに赤ちゃんができたときには母子手帳をいただきます。でも、そこにも「いつまで子育てしなさい」とは無いわけです。

 国や民族によって成人と認める年齢も違います。日本の20歳というのはどうなのでしょうか?このことは色々話し合われているようですが、昔に比べて体も頭も早く大人になっているようなのですが、果たして精神面では昔より早く大人になっていると言えるのでしょうか?

 ある民族では13歳で成人と見なす国があると聞きます。じつはこれくらいの年で大人とみなされると「第二反抗期」も無いと言われています。「第二反抗期」が大人になるためのステップだとすれば、すでに大人と見なされれば「反抗」が無くても良いというのですから、わかりやすい話です。

 こういう事を考えると、「思春期」や「第二反抗期」はやはり、大人になるための大事な時期で、どのように過ごすのがよいのか考えなくてはならないように思われます。  いったいいつまで子育てをすればよいのでしょうか?


育児は大事

 赤ちゃんを育てることは必要不可欠です。人間の赤ちゃんは放っておくと死にます。どうしても育児をしなければなりません。ですから、この時期の子育てをするかしないかを問いかける人はいません。むしろ、しなければ罰せられるのです。

 もちろん育児とは生かしておくだけのことをいうのではないことも誰もがわかっていることです。育児とは愛情を込めて行わなければ育児になりません。愛を受けない赤ちゃんは死にます。

 赤ちゃんはことばのわからないから話しかけなくてもよいかというと、そうではなく、ことばの意味そのものがわからなくても、「ことばかけ」によってもっと大事なことを吸収していることを知らなければなりません。そうです!親の愛をその「ことばかけ」から得ているのです。もちろん、おっぱいやおしめ替え、だっこなどを通してのスキンシップからお母さんの愛をいっぱい受けてのことですが。




親子の分離1

 赤ちゃんはお母さんのおなかの中にいるときは臍の緒を通じて母子一体と考えることができるかも知れません。しかし、出産と同時に赤ちゃんは母親から切り離されます。

 余談になりますが、かつてあるお医者さんから聞いて感動した話があります。赤ちゃんが生まれるとき、お母さんは陣痛で苦しみます。男がその痛みを受けると死ぬとさえいわれるほどの痛みだそうです。同時に赤ちゃんもすごく圧迫されて産道を出てきます。頭の上の骨が完成していないのもそのためで、タコのように頭も押しつぶされます。さらに胸もギューッと押しつぶされますから、出てきたときに急に胸が開き肺に空気が流れ込みます。これで肺呼吸が始まるのです(おなかの中では肺呼吸ではないのです)。肺呼吸が始まることで心臓との血液のやりとりのかたちも変わります。心臓の心室だったと思いますが、そこにおなかの中では弁としてあったものが出産と同時にピタッとくっついて壁になり、二度と開かなくなるそうです。赤ちゃん出産のときにこんなすごいことがなされるよに、神様は人間を造ってくださったのです。

 さて、この時点で赤ちゃんはお母さんから切り離されたので、肉体的には母子分離したわけです。動物の中にはこの時点から自分でえさを食べ始めるものもあります。しかし、人間の赤ちゃんは生まれてきても、呼吸はできますが、自分で生きていくすべを全く持っていません。全面的に介助が必要なわけです。

 肉体的には分離したというものの、精神的には全くまだ母子(親子)一体なのです。



親子の分離2

 そうしますと、精神的に分離するときが必要だということがわかります。これがいつなのかということが大事になるのではないでしょうか?「思春期」を過ぎることで精神的に大人になると考えられるのです。

 私はよく子育ての会などでお話しするときにこう言います。第一反抗期を通って「赤ちゃん」から「こども」になり、第二反抗期を通って「こども」から「大人」になると。すごい単純な言い方なので決してこれがよい表現だとは思っていません。しかし、わかりやすいのです。第一反抗期の時(だいたい2-5歳くらい)に「いや!」「自分でする」「あっち、いく」など自己主張をしたりして、親を手こずらせる時期がありますが、これは子どもが精神的に親から自立しようとする一つの表れととらえて良いと思います。

 でも、ここでいくら自立しようと試みても現実には赤ちゃんから子どもになるだけのことであって、とてもまだ独り立ちできません。そこで、精神的にも自立する第二の時期を迎えるわけです。それが「思春期」であり、私はその「思春期」の中に「第二反抗期」があると考えています。「第二反抗期」はいわば「思春期」の最後のあがきなのかも知れません。それを通して「大人」になるのです。



思春期の問題

 近年、「思春期が延びている」ということが言われていますが、始まりも早くなっています。ただ、思春期の基準が精神的なことだけに決めにくいのが困りものです。それでも、9歳くらいで思春期に入る子が多いと言われるようになりました。昔は思春期とは中・高生のことを言ったものです。また、反対に終わりが遅くなっているらしいのです。30数歳でも思春期を終えていない人がたくさんいる、と言われているのです。

 私は思春期は短い方が良いと思っています。もちろん短ければ短いほど良いという意味ではありません。中・高生くらいの時期に思春期が登場しその中で第二反抗期を迎え、適度な反抗と共にそれを上手く通り過ぎて、大人になるのがよいと思っています。

 何しろ「思春期」は思い悩む時期です。なぜ思い悩むのかといえば、この時期に「自分とは何か?」「なぜ生きるのか?」「なぜ勉強するのか?」といったことを考え始め、答えが見つからず悩むのです。そして、自分なりの答えや生き方を定めるので、その甘さを突いてくる親や教師、大人に反発します。また、そういう中で悩みます。

 こういう時期ですから、悩み続けるのでは困るのです。ある一定の期間を悩みながらも、どのように決断するかを見つけ、決断したら挑戦する意欲を持ち、失敗しても再挑戦する力を持ってもらいたいわけです。こうした力を蓄えるために「思春期」は存在すると思います。ですから、いつまでもずっと悩み続けて決断できない、挑戦できない、失敗したらもうやる気をおこさなくなるという状態で留まってもらっては困るわけです。

 ここでこの思春期を乗り越えれば親子の分離ができると言えるのではないでしょうか。お母さんのおなかから生まれて来て、母子分離しても精神的にはなかなか母子分離ができません。これができ、かつ父親との分離もできるのが思春期ではないかと。

 男の子が母子分離できないと「マザコン」になります。分離できないままで結婚でもすれば、奥さんにも依存する傾向が出てきやすいようで、奥さんにも母親を演じてもらいたがるのです。これでは夫ではなく子どもに過ぎません。ここに子どもでも生まれれば、大きな子どもと小さな子どもを抱え、奥さんは大変なことになるのは目に見えています。


 あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また「何の喜びもない」と言う年月が近づく前に。
(聖書:伝道者の書12:1)

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