子育て通信 #43

あなたをモデルに(1)

モデルが必要

 「モデル」と言ってもファッションモデルなどのことを言っているのではありません。
 アヒルの子は卵からかえったとき最初に見たものを「親」と認識するらしく、孵化したときに人間を見ると、ずっとその人の後を着いてくるらしいのです。自分は人間だと思っているのでしょうね。

 「醜いアヒルの子」の童話は有名ですが、あのアヒルの子は生まれた時にアヒルを見たので自分をアヒルだと思いこんだのですが、みんなと違うのでいじめられ、悲しい思いをするのです。そんな時、水面に映る自分の姿が「アヒル」ではなく、空高く美しく飛んでいる白鳥と同じであることを発見し、自分が「白鳥」であることを知ったのです。
 彼は「自分はアヒルではなく、白鳥だ」とアイデンティティをしっかり持つに至ったわけですが、そこにいきつくまでは自分のモデルは「アヒル」だったのです。

 人間は色々な動物と違って幼いうちから教育されて「自分」をもちます。有名な「オオカミ少女」「アヴェロンの野生児」というオオカミに育てられたのではないかという子どもの話があります。彼らは四つ足になって走り回り、オオカミのようにうなり、生肉を食らったと言います(一部作り話があったという情報もあるのですが・・・)。オオカミを見て育つと人間は「オオカミ」のようになるのです。
 テレビを見て育つと「テレビ」のようになるのでしょう。イエス様を見て育つとイエス様のようになるのではないでしょうか!

 何を見て育つかというように、人は成長段階で「モデル」を必要としています。また、そのモデルに似ようとしているのです。



笑顔のモデル

 赤ちゃんの視力は低く、お母さんにだっこされて、おっぱいをもらうときにお母さんの顔が見えるだけの視力だと言われます。お母さんが赤ちゃんを愛して優しく抱きかかえ、笑顔で赤ちゃんにおっぱいをあげるのです。その笑顔を見るために赤ちゃんにはそれだけの視力が与えられているのです。神様ってすごいじゃないですか。赤ちゃんの時から色々なものを見るようにされていないのです。お母さんだけ見えればいいのです。
 つまり、この時期は赤ちゃんがお母さんをモデルにしているとも言えます。実際、赤ちゃんはお母さんの表情をまねていると言われています。こんなに小さな赤ちゃんでまだ何も言えない、わかっていないと思うような赤ちゃんがお母さんのまねをしているのですね。



お父さんだってモデル

 赤ちゃん時代にはお母さんがまねられて、お父さんはまねられないのかというともちろんそんなことは無いのです。お父さんが目の前に長い時間いれば当然お父さんの表情をもまねるのです。
 よく「片親だと発達が不十分になるのでしょうか?」という相談を受けます。もちろん両親がそろっているに越したことはないのでしょうが、片親でも心配はないと言われています。おっぱいをあげるという大きな仕事はお父さんにはできないので、どうしても一般的に赤ちゃんと接する時間がお父さんは短くなります。しかし、お母さんがいなかったりして、お父さんがミルクで育てるとその赤ちゃんはお父さんを長い時間見ることになるのです。
 時間の長短は確かに大きな影響力がありますが、愛してくれる人に育てられればよいようです。赤ちゃんは「愛してくれる人」をモデルにして、その「愛の表情」をまねていくのです。かわいらしく微笑んでくれるのも、お母さんやお父さんが微笑んでくれるのを見て勉強しているのです。



親の価値観が引き継がれる

 私は「赤ちゃん期」は人間として生きていく根本的な力を蓄える時期と考えています。この時期は親から「安心感」を植え付けてもらう時期なのです。「安心感」は同時に好奇心を生み出し、やる気・意欲を生み出します。挑戦する力をもつのです。そして、決断する力をもって、実行していくようになるのです。

 「安心感」を十分にもてなかった子はどこかでビクビクした生き方をするのです。いつも不安があって、意欲に欠け、実行力に欠けます。(ただし、これも子どもの時にはそうであっても、大人になると大きく変化する人があります。子ども時代だけ見て「安心感」をもてなかったとは言い切れないことも覚えておきたいです。)
 親が安心感に満ちた状態で赤ちゃんに接すると、その笑顔を通して親から「安心感」をもらうのです。つまり、親が「安心感」を持っていることが大事なのです。一人の人間として生きていく上に大事な心の「安心感」は、この時点でお母さん、お父さんの笑顔が決め手なのです。
 赤ちゃんから幼児期、9歳くらいまでは色々なものを比較して検討する力を十分持っていませんから、自分の目の前にいるお父さん・お母さんだけが自分の価値観の全てになります。この安心感の土台を作る時期、人生の基本的土台を作る時期にお父さん・お母さんの価値観を植え付けられることになります。



テレビ・ビデオの問題

  色々な本を読んでいると、赤ちゃん時代に「テレビを見せていると静かなので、テレビを何時間も見せていました」とか「赤ちゃんの時から英語に慣らそうと思って英語のビデオを見せ続けました」などというものが結構たくさんあります。大丈夫かなあ?と考えてしまいます。いわゆる赤ちゃんは長い時間、親以外のもの、それもコミュニケーションのとれない機械と接しているのです。
 赤ちゃんに語学のビデオが役に立つのか調べた記録をNHKでも流していましたが、テレビから先生が語っても脳は正しく働かず、語学の効果は無かったそうです。その同じ先生が同じ内容を赤ちゃんの目の前で直にすると、赤ちゃんの脳は正しく反応し効果があったらしいのです。つまり、語学も発音を聞くだけではダメで、コミュニケーションを通して聞くことで効果が出るとわかったのです。

 ある幼児の相談を受けた医師の話を読みました。内容はこういうものでした。学者である両親は研究に忙しく、赤ちゃん時代からその子をテレビに子育てさせたのです。その子はテレビを見ているとおとなしく、両親は研究がはかどるのです。ところがある時異変に気づいたのです。両親がその子の名前を呼んでも返事もしなければ、振り向きもしないのです。怖くなった両親は医師を訪ね、調べてもらったのです。特に発達上の問題はないのですが、もちろんコミュニケーションには問題があります。医師や両親が呼びかけてもほとんど反応しないのです。その医師は「もしかして」と、スピーカーから声が聞こえるようにして、マイクで呼びかけたのです。すると突然その子はスピーカーの方を見て、反応を示したのです。お母さんの呼びかけにもお父さんの呼びかけにもマイク・スピーカーを通してだと反応したのです。肉声では全く反応しなかった子が機械を通すと反応したわけです。それで、治療方法は決まりました。お母さんは研究をしばらくやめて、テレビを無くして、その子とスキンシップをとり、目を見ながら微笑み、話しかけるようにされました。だんだんその子は反応するようになり、回復したと言います。
 テレビに育てられると人間に反応しなくなるのでしょうね。



見えない神様を知る

  子どもがだんだん大きくなってくると、人が見てないからと悪いことをしたりするようになります。それは多分に現代社会、大人、親が見えるものだけに頼った生き方をしているからでしょう。
 子どもが悪いことをしないために道徳教育の重要性が改めて語られる時代になりましたが、幼い時から目には見えないけれども神様が私たちを見ておられると教えられた子どもは大きくなってからも悪いことをする率がぐっと低いと言われています。それは見えなくても神様が見ていると知っているからです。

 生きて働かれる神様を実感して過ごすためには、赤ちゃん時代に親をはじめ生身の人間の声やスキンシップで愛を受けて育てられることが必要だと思います。ビデオ教材はあくまでも補助的なものにすべきで、基本的には信仰、聖書知識はコミュニケーションの中で伝えられるものです。
 祈っている姿を見せ、教会に行く姿を見せ、喜んで礼拝する姿・顔を見せることが幼いうちから信仰を持つ助けになるようです。親はその信仰者のモデルなのです。ビデオでどんなに立派な信仰者の姿を見せても、たぶん効果は無いのでしょう。

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