子育て通信 #44

あなたをモデルに(2)

色々な人を見ている 

 第一反抗期を過ぎて、子ども時代を迎えると子どもたちは男女の差がはっきりしてきます。ということはこの時期には特に男の子には「男性モデル」、女の子には「女性モデル」が必要になるということです。  この時期になりますと、子どもは親から距離をとっていきます。それは親ばかり見ている状態から、色々なものを見ていく状態へと移るということです。

赤ちゃん時代は親だけ見ていれば良かったのです。むしろ、親だけ見て、「安心感」をしっかりと持つことが大事だったのです。ところが、その「安心感」の土台ができれば、今度はさらにその土台の上に色々なものを積み上げる作業が必要になります。そのためには親だけを見ているのではなく、色々な人を見ていくのです。しかし、色々な人を見るとは言え、大事な土台ができていないと、子ども時代に見た色々な人によって人格形成が変になるのです。赤ちゃん時代が大事だということがわかります。


現実の人物モデルが必要 

 昔の子どもたちは「あなたの尊敬する人は誰ですか?」に対して、「二宮金次郎」「リンカーン」「エジソン」等々、偉人伝で読んだ人を挙げることが多かったのです。ところが、近年「お父さん」「お母さん」という答えが多くなりました。親としては嬉しい話ですが、喜んでもいられないと思います。この時期の子どもたちは視野が広がり、親だけでなく色々な大人を見るようになるのです。偉人伝などで感動する心も持つのです。その時に感動したならば、その人物を尊敬するというのが普通なのです。その上でさらにお父さん・お母さんを尊敬してもかまわないのですが・・・。この時期にも親しかモデルが無いとなるとこれは大問題です。

 子ども期には思春期に入る前に純粋に、かっこいい、偉い、優しいなどという感覚から、立派な人を自分の尊敬する人として、生き方のモデルにしようという意欲が必要になるのです。それはもちろん学校の先生でも、親戚のおじさん・おばさんでも、近所のお兄さん・お姉さんでもかまいません。

 しかし、私の見るところテレビの影響が大きいように感じます。いわゆるスターと呼ばれるタレント、あるいはマンガの人物などにあこがれをもち、モデルにしている子が多いのです。これらの人はある人物を演じていたり、架空の人物であったりして(それが悪いとは言い切れませんが)、現実のモデルにはなりにくいのです。また、テレビで悪ぶったりする人を見て「かっこいい」と思うと同じように悪ぶります。


男性モデルとしての父親 

 男の子はいつまでも「男の子」でいてはいけません。「男性」になってもらわないと困るのです。そのために男の子にとっては一番身近なところで「お父さん」が男性モデルになります。赤ちゃん時代から見てきたお父さんです。しかも、比較検討する力を持っていない赤ちゃん・幼児期を過ぎて、他の大人と両親を比較して価値観、見方、考え方の幅が広がります。

 思春期にはいるまではまだ、お父さんが他の誰よりも偉い、優れた人と思っています。学校の先生や近所のおじさん、お店の人、色々見ていますが、赤ちゃん期の影響が大でお父さんを王様のように思っているのです。ですから、この時期に男の子はお父さんから「男性」を学んでいます。赤ちゃん期の「優しい」お父さんだけでなく、「家族を守ってくれる」「家族のために働いている」「ここという時に最高の決断をする」「お母さんを大事にする」等々というお父さんを学び、似ていこうとするのです。


女性モデルとしての母親 

 女の子にとってはお母さんは「女性」としてのモデルになります。時間的に男の子がお父さんを見ているより、女の子がお母さんを見ている方が一般的には長いと思います。ですから比較的女の子が女性としての大人になるのは楽です。

 優しいお母さんは継続して優しく、いつも自分のことを大事に思ってくれて、食事の準備や身の回りのことをしてくれる、そして「お父さんを尊敬している」という姿を見て女性としてのあり方、生き方を学んでいます。もちろん社会に出て働いているお母さんを見ている子は、その姿もいくらか見ていることになるでしょう。


自分探しの思春期には 

 子ども期から大人になるために通過する「思春期」には両親というモデルだけでは満足しなくなります。抽象的思考が発達し、視野も広がり、大人の代表であった両親はたいせつな存在ですが、自分と価値観が違うこと、自分と違ったアイデンティティをもつことに気付き、「自分探し」を始めます。

 自分探しをするということは、「自分とは何者か」「自分と親とは違う」「親や他人の考えを押しつけられるのは嫌だ」「自分は自分」等ということに目覚めるのです。そして、親をモデルとして生きてきましたが、親以外の人にモデルを見いだそうとします。その分、色々な人に対して、政治や政治家に対して批判的にもなります。これが反抗期として親に対する反抗として現れるのです。


生き方・価値観をもとうとする 

 健全に赤ちゃん期、子ども期を過ごしてくると思春期も健全に過ごせる可能性が高いと思います。人間、大人としてのモデルを両親に見てきましたから、そこには善悪の価値観も両親から学んできました。しかし、学校での勉強や色々な情報を得ることによって、「必ずしも両親の価値観が正しいとは言えないかも知れない」、あるいは「大人の世界は汚れている」などと思い、両親の価値観に反発することがあります。

 クリスチャンホームの場合、日本ではマイナーなクリスチャンホームですから、クリスチャンの親に対して反抗的になることがあります。反対にクリスチャンホームではない家庭の子がこの時期にイエス様のこと、聖書のことを知って、親の反対を押し切ってクリスチャンになったりします。私なんかはこれでしょうね。

 自分の気持ちにあう人を見つけるとその人がモデルになります。この時期には親や身近な人より、歴史的人物、社会で立派に働いている人、有名な人に関心がいき、その人たちをモデルにします。時には服装や言葉遣い、趣味まで合わそうとしたりします。

 テレビの影響は大きいですね。現代はテレビやインターネットで膨大な情報が入手できますから、子どもたちは自分のモデルをその中から選びます。価値観も急激に変化した日本です。子どもたちは様々なモデルを見いだすでしょう。親にとってはそれは脅威かも知れません。


思春期のモデルは大事 

 思春期の子どもにとっては、親がモデルになりにくい時期です。しかし、その根底にはすでに刷り込まれたような「親」モデルがあるのです。赤ちゃん期は軽く見ることはできないですよ。その上で、自分の気に入った「大人」モデルを探しているのです。

 すでに持っている「安心感」や「知識」の上に自分の気に入った「大人」モデルを付け加えることで「自分」ができてくるのです。ですから、この時期の子どもには「良いモデル」が必要なのです。

 思春期には偉人伝などで知った人をモデルにするというよりも、もっと身近な人をモデルにします。つまり、すごく現実的になってくるのです。夢、希望をもって自分の将来像を決めてきた小学生時代から現実を直視し、現実を批判し、夢を追い求めつつも、現実を生きていかねばならないことがわかってくるのです。


イエス様の弟子 

 イエス様が弟子教育をされた基本的教育は「自分のそばに置く」という方法でした。弟子たちはイエス様と一緒に寝起きし、食事をし、あちこち旅をして、イエス様が語られる言葉を身近に聞きましたし、イエス様のなさる癒しの技を目の当たりに見てきました。一緒に奇跡も体験しました。

 それによってイエス様が天に帰られてからも弟子たちだけで宣教活動を行うことができるようになったのです。弟子の多くは漁師や税金取りなどをしていた、学問や宗教に関係の無いような人でした。その彼らがイエス様のそばで生活を共にすることでキリストを世界にお伝えする働きができる人達になっていったのです。

 弟子たちがイエス様をモデルにし、そのイエス様に似ていったからです。



 聖書の言葉 おこりっぽい者と交わるな。激しやすい者といっしょに行くな。あなたがそのならわしにならって、自分自身がわなにかかるといけないから。

箴言22:24-25      

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