子育て通信 #45

子どもに影響を与える変化

どんな変化が 

 皆さんの子どもの時と、今ではどのように、日本の国は変わったでしょうか?それに伴って、子どもはどのように変わったでしょうか?

 私は皆さんよりだいぶ年上だと思います。現在52歳の私は昭和30年生まれ、中学の教師時代に教えた子どもたちが40歳くらいになっています。

 私には日本がかなり変化したこと、私の子ども時代にはなかったことが、色々今はあることも見てきました。


電化製品 

 私はそれこそ、電化製品が無かったところに、色々な電化製品が入ってきたのを知っています。電話が無かったのですが、向かいの家に最初電話が入り、近所みんな呼び出していただくことも体験しています。そして、呼び出していただかなくてもよくなるという便利さを味わいました(呼び出しってわかりますか?)。

 電気冷蔵庫、電気掃除機、電気洗濯機、テレビ、ステレオ等々、次々電化製品が増えていきました。また、ガス炊飯器、ガス風呂(それまで薪をくべてたいていました)、石油ストーブ(それまで火鉢と練炭のこたつでした)。

 そして、高校生になってカセットレコーダーなるものが登場して私たち思春期の子どもたちはすごく変わりました。音楽を手軽に録音して聞くことができるのです。それまで、テレビやラジオ、レコード(CDではありません)から直接聞くしかなかったのです。しかも、自分たちの声や音楽を録音できるようになったので楽しめましたね。ギターを買ったのもこの頃です。音楽の授業が嫌いで成績も悪かったのに、フォークソングに惹かれたのです。


駄菓子屋さん 

 私たちの子どもの頃は自動販売機もありませんでした。駄菓子屋さんに行って、「おばちゃん、アイスちょうだい」と言って5円、10円のアイスを買っていました。10円のは当たりが出るともう一本もらえるので嬉しかったですね。この駄菓子屋さんはかき氷やお好み焼きもやっていたのです。狭いお店でしたから、店の中で食べることのできるのは2-3人でした。我が家はもっぱら、かき氷をボール一杯にかいてもらって、家で小分けしていました。

 こういう駄菓子屋さんに買いに行くというのはすでに地域の人とコミュニケーションをとっているということです。そういうことを考えると自販機にお金を入れてジュースが買えるというのは味気ないですね。そうそう、ジュースなんて店で買うようになったのは高校生になってからのような気がします。それまでは家で粉末ジュースを水に溶かしていたんですよ。

 駄菓子屋さんは少なくなりましたが、今も時々見かけます。嬉しくなりますね。今はコンビニがそれに変わってしまったかも知れないですね。


貸本屋 

 子どもの時にはマンガ本を読みたくてたまらなかったのですが、そう買ってもらえませんから、友達の家に遊びに行くと見せてもらったりしていました。

 そんな中、古本屋じゃなくて「貸本屋」さんがあったのです。今のレンタルビデオ屋さんみたいなものですね。サザエさんのマンガ単行本なんかを10円とか20円で借りてきていました。でも、そうそう借りれるものではありませんでしたが。


今の子どもの持っているもの 

 そういう色々な変化と共に、子どもたちの様子も変わったと思います。私は子どもの時そんなにお金を使わないで済んだと思います。誕生日プレゼントも安いもので喜んでいました。今は、やたらお金がかかるのではないでしょうか。それがまたお金欲しさの少年犯罪につながっていると思います。

 私の子どもの時に無かった物。ゲーム機、パソコン、携帯電話、・・・。電卓はいつ頃普及したのか忘れましたが、高かったので、私は大学生になって持つようになりました。大学と言えば、コピー機が普及しだしたのがその頃でしたが、授業のノートをコピーするまでにはいたらず、書き写していました(きちんと授業に出ていればそんな問題もないはずですよね)。

 考えると本当に便利な世の中になったと思います。今ではワープロさえ過去の物になってしまいました。パソコンは企業だけではなく、一般家庭に入り込んでいます。

 こういう便利さは子どもたちにとってどうなのでしょうか?紙の辞書が売れなくなって困っていると聞きました。電子辞書が大流行です。そりゃ、たくさんの辞書が小さな電子辞書に入っているのに安くて、また簡単にひけて、便利極まりないです。でも、電子辞書は、まず紙の辞書を実際にひく習慣をつけてからの方がよいと言われていますね。

 さあ、便利な世の中、子どもたちはどうなっていくのでしょう。


今の子どもが失ったもの 

 歩かなくなった子どもたち、外で遊ばなくなった子どもたち、どろんこ遊びを知らない子どもたち、虫採りをしたことがない子どもたち、木登りをしたことがない子どもたち、マッチをすれない子どもたち、ナイフで鉛筆が削れない子どもたち、・・・どれくらい言われたでしょう。そして、それらは問題なのでしょうか?

 メールを打つのも早い、インターネットも簡単に使っている子どもたち、子どもというより小さな大人のような子どもたちが増えているような気がしてなりません。言葉遣いも大人びていたり、頭のよい子が増えた気がします。でも、何か失ってしまったのではないでしょうか?


社会的に増えたもの 

 私の子どもの時には聞いたことのなかった「不登校」が、教師時代(今から30年-24年前)には「登校拒否」という言葉で出始めていました。それが一気に増えていきました。また、「校内暴力」「家庭内暴力」という言葉もその頃に出だしたと思います。

 その後、「いじめ」が出始めました。あわせて子どもの自殺も増え、中高生による殺人事件も増えました。近年では、小学生にまで起こっています。簡単に「きれる」子どもも増えましたし、「学級崩壊」「学校崩壊」「小一プロブレム」という言葉も出ました。

 子どもたちにとって良いもの、良い環境も増えたのかも知れませんが、私だけでしょうか、悪いものの方が増えたような気がして仕方ありません。


思春期までに必要なこと 

 私は子どもの発達、特に反抗期や思春期を学ばせていただいて、多くの問題が出てくるのが「思春期」で、そこまでに上手く子育て、教育をしておくことで大きな問題は出にくくなることがわかってきました。もちろん、どんなに上手く子育てしても、教育しても問題が起こらないとは限りません。

 しかし、こんなにも子どもたちの世界に問題が起こっていいのでしょうか?そういうと原因追及から「犯人捜し」をして「親が悪い」「学校が悪い」「政治が悪い」と誰かのせいにしてしまおうとします。誰かのせいであったとしても、一人の子どもを大切にしたいなら、犯人捜しではなく現状を反省して「すべきこと」を見つけ出し、それをすべきではないでしょうか?

 思春期にはいると子どもたちは親の言うことを聞かなくなってくるのです。そして、自分で考え、実行していきます。また、そうならなくては困るのですが、その時期になって急に子どもたちに色々言っても(どんなに大切なことであったとしても)、聞かなくなってしまったのでは困ります。

 思春期に正しいことを考える力をつけているには、その前の段階でそれら正しいことを覚えていなくてはなりません。聖書では子どもたちが小さい内から神様の言葉を覚えさせるように教えています。しかも、知識として記憶するだけではなくそれを実行するように教えています。これを教えるのが親であり、また近所の大人なのです。この教えをすることで親子のコミュニケーションもでき、思春期になってもその親子の良い関係が生きているのでしょう。

 私たちにとっても大事なのはこういうところにあるのではないでしょうか。


聖書の言葉 


 聞きなさい。イスラエル。【主】は私たちの神。【主】はただひとりである。

 心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、【主】を愛しなさい。

 私がきょう、あなたに命じるこれらのことばを、あなたの心に刻みなさい。

 これをあなたの子どもたちによく教え込みなさい。あなたが家にすわっているときも、道を歩くときも、寝るときも、起きるときも、これを唱えなさい。

(旧約聖書 申命記6:4-7)      

バックナンバー