子育て通信 #58

ほめて育てる

方法論としてではなく

 子育て・教育の方法論は色々あるようです。ただ、前にも書きましたように「愛」の無い子育て・教育は問題で、愛があれば子どもは育つように思います。その愛が子どもに伝わらないと、うまくいかない場合も多いので、いくらかの方法論も必要になるということがあるのかも知れないですね。

 そういう中で「ほめる」ということはよく子育ての話で使われる言葉です。基本的に「ほめて育てる」のは良いこととして言われています。しかし、ほめ方の問題もあることは指摘されています。

 あまり、「ほめる」ということを方法論として考えるのでなく、お母さん・お父さんの気持ちを生かした子育てができるようにしていただきたいと思います。

 そういう観点で「ほめて育てる」ことを考えてみましょう。

 今回も「幼い子を持つ親のための7章」 (いのちのことば社)から引用しながら見ていきたいと思います。

 「素敵なほめことば一つで、人は二か月は生きていける」(マーク・トウェイン)

 「ほめるのをやめることは、他の人に対して大きな過ちを犯すことと考えてよい。人に向かって素敵なことばをかけるのをやめることは、その人に関して素敵なことを考えるのをやめるに等しい」
(オスカー・ワイルド)

行為をほめる

 「日常的な具体的出来事でうまくできたこと、たとえば他の人に対する思いやりとか親切な愛の行為、まじめな態度などに称賛のことばを与えるべきである。また、何かを完全にできなくても一生懸命努力している子どもの姿に称賛を送るなら、それは成功したという事実以上に意味をもつことになるのである」
と書いてありますが、幼い子どもはまだ自分の行為に自信をもっているわけではありません。良い行為に対して「ほめる」ことをするとそれが良いことなのだと自信がつくのです。

 子どもはお母さんが大好きですから、お母さんからほめられた行為は一番心に残るのです。

容姿ではなく

 子どもの容姿をほめても、それはあまりよい結果を招きません。髪の毛が美しいとか足が長いと言ったところで、それはその子の努力から発したものではないからです。これを言いすぎますと、友達に「かっこ悪い」とかさげすむことをすることにもつながるのです。

 その子がした親切な行為や寛容な行いをほめることが大切なのです。これは子どもを甘やかしたり、うぬぼれさせたりすることにはならないものです。

大いにほめよう

 ある男の子が、「ほかの人がほめてくれても、たいしたことないよ。そりゃ、少しはうれしいよ。だけど、お父さんが『おー、よくできたぞ』と言ってくれたとき、ぼくの世界は変わったんだ」

 こう書いてありましたが、まさにその通りで子どもにとってお父さんやお母さんというのは特別な存在です。大好きなお父さん・お母さんからほめられると自尊心が高くなります。もちろんうぬぼれるようなことは良くないのですが、一度に全てを学ぶことはできないものです。うぬぼれのような気持ちが起こってきても、後でその気持ちを自制する力を学ぶことで良い人格を持つことになると思います。

 大いにほめるべき「時」があるのではないでしょうか!注意をしすぎるとどうしても萎縮してしまいます。最近の研究ではそうしたことが子どもの脳の発達にも影響しているという研究結果があるらしいです。

心からほめる

 「方法論でなく」と初めにも書きましたが、子育てや教育の方法論は近年一気に登場してきたように思います。もちろん、昔から「スパルタ式」「放任主義」などありましたが、そういう何か大きな教育法でなく、個人的な身近な教育方法論が出てきたと思うのです。

 すると、「ほめる」ことでも、心からでなく方法論としての「ほめる」が登場するのです。そこでこう書いてあります。

 親が子どもと真剣に向き合っているかどうかはすぐにかぎ分けるものである。子どもをだますことはできない。子どもの前で偽りの称賛などあり得ないのである。お世辞はすぐにばれてしまうだろう。心から子どもをほめると、彼は人からの祝福を素直に受け止める方法と、謙遜に生きていく方法とを身につけるに違いない。

 と。

 ですから、私たちに大事なのは「心から」なのです。叱ることでも「心から」その子のことを思って叱ると、子どもにはその愛がわかるのです。いかに「心から」愛をもってほめるか、これはもう方法論ではありません。「この方法を学びたい」と思う人が出てくるような気がします。確かに「心からほめる方法」を知りたいのです。でも、方法論なのでしょうか?

進んでしたことをほめる

 「子どもが初めて作ったケーキをほめることは、ケーキの味よりも重要である」
(アルタ・メイ・アーブ)
 とありますように、子どもが一生懸命したこと、自分から進んでしたことは子どもとしても大人から評価して欲しいと願っていることです。

 このことをお父さんやお母さんが見ていてくれたとわかるだけで、子どもは嬉しくなり、自分は正しく評価されていると自信を持ちます。その自信は自立心へとつながります。

 子どもが進んでしたことで成功するとほめやすいものですが、子どもは多く失敗するものです。ほめにくいと思うこともあるかも知れません。しかし、その失敗そのものを見るのでなく、失敗してもそれに取り組んだその姿勢をほめるべきです。積極性や物事を乗り越えていく力はそうしたところから形成されていきます。

すぐにほめること

 子どもの脳は大人のように発達していませんから、後になれば思い出すこと、物事のつながりを判断することに困難さがあります。ほめることでも効果のあるのは「すぐ」です。後になればその効果は落ちます。

良い態度でほめること

 ほめることばと同じくらいその時の態度は重要です。どのように子どもの話に耳を傾けるか、どんなふうに成功あるいは失敗の経験を分かち合うか、声の調子はどんなかということが子どもの心に語りかけ、勇気を奮い立たせるものなのです。

 ほめられながら生活する子どもは、感謝することを学ぶものである。ほめられることのない子どもの心は萎縮してしまう。ほめてもらえる子どもは何と幸せなのだろう。

 親が与える真心からの称賛--口先だけのお世辞でなく、正直な賛辞のことば--ほど、子どもに自分の人生を愛し、成功したいという思いをもたせ、自信を与える大きな手助けとなるものは無いのである。

 とありますように、子どもをほめるという方法論でなく、口先でなく、まごころからほめるのです。

 はたして、私たちは一日のうちにどれくらい子どもをほめているのでしょうか?「ほめて育てる」ということばはよく聞くのですが、現実はなかなかほめることが難しいのかも知れません。それは大人自身の価値観にも関係することです。

 感謝の多い人、物事を前向きにとらえる人の方がほめることをしやすいかと思います。しかし、私は単に積極的、前向きというようりもっと大事な生き方を感じるのです。

 神様に自分自身が愛されていると感じる生き方です。聖書を見ますとこんな自分でも愛されているということがよくわかります。こんな自分も神様から喜ばれ、ほめられているんだと。この精神的体験は大きいものなのです。

 

 わたしの目には、

 あなたは高価で尊い。

 わたしはあなたを愛している。     イザヤ書43:4

参考図書:幼い子を持つ親のための7章     (いのちのことば社)

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