子育て通信 #61

2009年おめでとうございます

 旧年中は色々とお世話になりました。本年もよろしくお願いいたします。

 子育て通信も61号。たいした内容のものは書けませんが、文章力の無い私が書いてここまで続いただけでもすごいことだと驚いています。

 今後ともよろしくお願いいたします。

お正月の思い出・小学生

 小学生の時のお正月の思い出はたくさんあります。私はそういう思い出があることを感謝しています。小学生の頃、お正月というとすべてのお店は1週間ぐらい休んでいました。開いていたのは映画館ぐらいです。だから家族で過ごさざるを得ないお正月で、楽しい思い出があることを感謝しているのです。

 しばらくすると、おせち料理に飽きてくるのですが、それでも餅が好きでしたから結構食べていました。暮れについたお餅がどんどん無くなっていくのですが、残り少なくなった餅はだんだん堅くなり、カビも生えていました。そのカビを削り落として食べていました。

 カルタ取り、百人一首、すごろく、トランプなど家族でできる遊びは本当に楽しく、家族や親戚も集まるので賑やかでした。

 そんなことの合間に外に出てコマ回しや凧揚げをしていました。その頃は親戚に女の子がいなかったので羽子板はしたことがほとんど無かったです。

 まだ冬休みのある日、お年玉でマンガを買おうと思って商店街へ出てみたのですが、見事に店は閉まっていました。確か1月5日頃だったと思います。学校が始まる頃にお店も開くような感じでした。

 みんな休んでいるからこそ、思いきり家族で楽しく遊べたように思います。

お正月の思い出・中学生

 中学生くらいになると、正月三が日も過ぎる頃、友達と一緒に遊び出します。まだ、店は閉まっていた時代です。広場に行ってサッカーなんかをして遊びました。そしてあっという間に始業式です。

 また、個人的な思い出としては、中学3年生からずっと初日の出を見に自転車で出かけたことがあります。朝4時頃から自転車で出て、普段はすごい交通量の国道をゆうゆうと走るのです。今だと元日でも交通量は多いですが、その頃(40年くらい前)は本当に国道も空いていて、普段決して走ることのできないセンターライン上を走れるのです。

 ある元日は途中で雨に降られ、3時間近く雨に濡れて帰ってきて、寒さで動けず、風呂に飛び込んだこともあります。よく風邪をひかなかったことと思います。

 この頃でも従兄弟なんかが集まって一緒にカルタ取りなんかをして楽しんでいました。

お正月の思い出・高校生

 高校生くらいになると、それほど家族で一緒に遊んだという経験が無くなってきました。しっかりと覚えているのは弟と従兄弟2人の合計4人でそのころ大流行になった「ジグソーパズル」の3000ピースを買ってきて三が日をずっと制作に打ち込んだことです。制作に打ち込んだというとかっこいいですが、ただ、やり続けただけです。他は何もしないでひたすら3日間やって仕上げましたね。

お正月の思い出・大学生

 クリスチャンになった時期です。教会では元旦礼拝をしますので、私は元旦礼拝に出ました。これは私にとってとても大事な時でした。一年の最初を礼拝で始めるというのはともて大きなことです。

 この頃になると、3日にはデパートやお店が開けだしたのです。福袋を売り出したり、お年玉目当てに店を開けています。私たちも家族でデパートに行ったりしました。

 大きくなりましたから、お正月の遊びをするということも無くなり、テレビを観て横になってくつろぐという感じでした。

 ですから、小学生の頃のお正月の楽しい思い出が出てきません。

お正月の思い出・教師時代

 大学を卒業して就職しました。教師になりましたが、この時も元旦に自転車で初日を見に出かけていました。そのことを一人の生徒に話すと「オレも行きたい」と言うので、一緒に行くことにしました。ところが、この生徒が嬉しくて友達に言いふらしたものですから、他にも「行きたい」と言う生徒がたくさん出てきました。

 そこで、私は自転車ではなく「元旦ハイキング」に切り替えました。そうすると女の子も「行きたい」と言いだし、親の了解をもらったらOKということで、元旦ハイキングを実行することにしました。50名の生徒の申し込みがあり、私も驚きました。

 安全を考えて、大晦日の晩11時に私が家を出て、校区に行き、生徒の家を回って集めることにしました。拠点となる家に数名集まってくれたりしたので、なんとかなりました。それでも集め終わるのは2時近くになるのです。3時頃、我が家に入れて休憩し、温かい飲み物を飲んで、4時頃再出発。6時頃まで歩いて、目的の河川敷公園に到着。7時過ぎの日の出まで、そこで遊びます。ある生徒は湯を沸かしてカップラーメンを食べていました。

 日の出はみんなをとても喜ばせてくれました。「バンザーイ!」と叫んで喜んでいます。それから2時間かけて戻り、バス停で解散。中学生にとって夜中中起きていたことや、みんなで夜中中歩いたことが楽しい思い出になったらしく、毎年続ける羽目になってしまいました。教師を辞めた翌年までしました。

 この頃には元日からお店が開くようになりお正月らしさが無くなっていくのを感じました。

時の流れ

 自分だけの思い出に過ぎませんが、お正月の楽しい思い出は小学生の頃のことでしたね。お店も開いていない、親も仕事を完全に休んでいる、特に観たいテレビも無いなどで、家族との思い出がたくさんできたわけでしょうね。

 いつしか元日から店も開き、大人も仕事で忙しい人が増えました。ゆっくりとお正月休みを持てなくなってきた感があります。

 おせち料理も昔はお店に買いに行けないし、主婦もできるだけ休めるようにと保存の利く料理がなされたのですが、今では元日からスーパーも開いていて、食料品が買えます。むしろおせち料理はお正月の高級品として飾られるようになってきました。

 私の年代(昭和30年生まれ)でここまでお正月が変化しました。それでもついこの間のように小学生の頃のお正月を楽しく思い出せます。

 年配者にとっては私よりもっと昔のことを楽しく思い出しておられるのではないかと思います。反対に現代の子達は「お正月」の思い出って何だろうと考えてしまいます。昔ほど色々無いんじゃないかなあと。お正月も返上で勉強している子も多いですしね。

合格祈願???

 高校3年生の時も元旦サイクリングをしました。予定通りの場所、淀川の土手に行き、とてもきれいな日の出を見ました。

 大学受験を控えていた年でしたので、初日に向かって「合格祈願」するつもりでいました。ところが、その太陽のぐんぐん昇ってくる躍動感と美しさに感動して、大学合格を祈ることができなくなりました。自分の願いがあまりにちっぽけで、ばからしく思えたのです。もっと、人生は偉大だとか・・・  その後でまた美しいものを見たのです。川原の地面に這いつくばっている草に露がついていて、それが太陽の光を反射して宝石のように見えたのです。この「きらきら」を見たくて、何度か朝早く出かけたことがあります。本当にすごーく美しいのです。

   この年、大学に合格して、教会に通い出しました。あのすごい日の出を造られる神様、あんな美しい「きらきら」を造られる神様。私はクリスチャンになりました。

 それから、毎年一年の最初に初日を見ることも楽しいのですが、神様を礼拝することがすごくすばらしいことだとわかって、毎年かを礼拝して始めています。

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