子育て通信 #75

弱さを味わって

春ですね

 何とも寒い3月だったように思いますが、春は確実に来てくれます。(ただ、毎年、春と秋が短くなっているような気がします。)木々にもきれいな新芽が見えだし、動きの激しい春の時期です。

 新学期を迎えました。幼稚園に入園されたところ、小学校や中学校、あるいは高校、大学に入学されたところ、就職。色々おありだと思います。緊張感の多い時期ですね。転勤などの移動も多い時期です。

転勤して8年目

 私たちが新中野キリスト教会に赴任して8年目を迎えました。反省だらけです。家内は別ですが、私はいったいこの7年間、何をしてきたのだろうと落ち込むことが多くありました。その原因となったのは、2006年の椎間板ヘルニアの手術後から始まったように思います。

 東京に来た時は48歳でした。まだ若いと思っていました。

 28歳で中学校の教師を辞めて中央聖書神学校に入学し、3年後(31歳)に牧師になり、33歳で結婚、大阪の高槻に会堂を建てさせていただき、子育ての会を始めて多くの方と出会いました。若さでかなりの無理を重ねたみたいです。

 子どもたちが思春期を迎えた時に新中野キリスト教会へ転勤。先代牧師の村上知子先生が癌で亡くなられて、本当に大忙しの日々を過ごしましたが、教会の皆さんの温かさに守られ助けられていました。

 多くの協力を得ていたので、私も意欲だけは増していました。ところが、2005年に腰を痛めて、何度かぎっくり腰をやりました。そこで、2006年夏に思わぬ状態になってしまったのです。激痛とともに右足に麻痺が起こり、救急車で運ばれ入院。1週間後に手術でした。

 椎間板ヘルニアは取れば、後はすぐ元気になると思っていました。確かに椎間板ヘルニア自体はそうだったのでしょう。しかし、退院してからも痛みが続き、すぐにへたばってしまうという体力の無さ、免疫力も落ちたらしく、何かの菌にやられて高熱を出してまた入院。24時間、抗生物質の点滴を続けてようやく8日後に退院したのですが、ますます体力が落ちた感じで、体は思うように動きませんでした。どうも東京に来てから、歳のことも考えず無理をしてしまっていたのか、ストレスをため込んでいたのか、体力だけでなく、体全体が弱ってしまっていたみたいです。

 教会でしたいことは山ほどありました。それでなくても、しなくてはならない仕事が次から次からやって来ます。鬱にもなりかけました。

辛い体

 わずかこの手術から2年ほどの間に、私は自分の身を通して、痛みを味わって生きている方や、思うように体の動かない方の苦しみの一端を味わわせていただきました。

 あの頃に比べると今はぐっと良くなったのですが、やはりまだまだです。病院通いをしながら、これでも精一杯やっています。とても、皆さんからは精一杯やっているようには見えないと思いますが・・・弱いということはこういうことなのでしょうね。

大学時代に学んだこと

 私は大学時代に「障害児教育」を専攻していました。今も「障害児教育」という名前で正しいのかわかりませんが、この学びは私にとってとてもインパクトのあるものでした。子どもの発達や障害の起こる原因を学んだりしましたが、一番多かったのは原因はわからないが障害を持って生まれてくる子どもたちでした。

 若く、知識も経験も無かった私は、障害を持つ子どもたちが何とか少しでも良く発達する方法をと色々考えました。しかし、現場で実習すると頭で考えていたようにはいきませんでした。

 このことが私にはますますやる気を起こさせまして、遅れている子どもの発達を早めるにはどういう指導をすればよいのか色々考えました。

 その中でひっかかったのが、思春期という時期であり、反抗期でした。人間はこの思春期を越えて大人になると思われるのです。では、「遅れのある子どもたちは思春期も遅れるのか?」「反抗期が無いのか?」というようなことを考えてしまったわけです。教授とこのことを何度も話しましたが、当時はそういう資料も無く、わからずじまいでした。教授から「それはライフワークにしたらどうだ!」と言われ、実際今も思春期を調べているところを見ますと「ライフワーク」に近いのかも知れません。

 この思春期、反抗期を調べるために当時見つけた子育ての本、医学書、心理学書を参考にしていましたが、やはり思春期の子どもたちと接するのが一番でした。中学校にアンケート調査に行ったり、10人ほどの中学生の家庭教師をしてみたり、教会で中学生クラスを受け持ち、高校生クラスのアシスタントをしたりして、結構たくさんの中高生と触れ合いました。このことが結果的に私を中学校の教師へと導くのですが・・・まあ、実際は当時養護学校採用が無かったというのもあります。教師採用試験が何十倍の倍率になった2年目のことでしたから。

牧師になって

 最初の試験に落ちましたが、翌年採用試験に合格した私は中学校で担任を持たせていただき、本当に楽しい毎日でした。(現実は大変な子どもたちもいて、辛いことが相当あったのですが・・・)

 こういう背景で、牧師になってから私は家内と「子育ての会」を始めました。うちも子どもが生まれて間が無く、同じように赤ちゃんをお持ちのお母さん方と子育てについて話し合っていく内に私自身気付いたことがありました。大学でほとんど研究してこなかった幼児期のことです。どうも幼児期にある「第一反抗期」が思春期の中にある「第二反抗期」と密接に関係しているような気がしてきたのです。仮説を立てながら本を読み、子どもたちを見ていました。

 自分なりに考えた「安心感の土台」それも二層になっていることなどは、講演会でお話しするのに伝えやすいものとなりました。

 また、思春期は蝶々のさなぎのような時期である話、そして、反抗期を迎えてさなぎが蝶になるというのも、説明しやすい話として考え出せました。



 こうして、自分なりに仮説をたてつつ良い子育てを思春期を中心に調べてきましたが、近年、障害児教育の世界だけに限らず、社会的にも話題になってきた障害があります。自閉症、学習障害(LD)、注意欠陥・多動性障害(AD。HD)、アスペルガー症候群、高機能自閉症、といったもので、私の大学生時代には自閉症しか聞いたことがありませんでした。こういう障害のことと子どもの精神的病気、症候群も問題になり、そこにいじめや性的不品行、酒・タバコ・薬物の問題等々現代の子どもを取り巻く世界は大きく変わり、子どもたちも変わってきたとしか言いようがありません。

 牧師の片手間で子どもの問題を見つめてきましたが、片手間でできるものでは無いと思いました。でも、そういう私の得た情報をお伝えしながら、少しでも子育ての助けになればと、今も「子育ての会」を続け、呼んでくださるところでは講演もさせていただいています。

発達の遅れ

 生身の子どもたちは理屈通りにはいかないものです。基本的にはみんな違うのです。違う中で、共通点を見いだし、違いの中に個性を見つけるのです。

 それでも、発達の遅れは現実には厳しいものです。現代が全体に高学歴社会になったがため、遅れは大きなハンディとなります。お母さん方が子どもにかける言葉で多いものの一つが「早く」です。「早く食べなさい」「早く着替えなさい」「早く勉強しなさい」等々遅れてはならないようにせかされています。子どもだけではありません。親もです。

 こういう中で最近さらに問題になってきたのが、「発達障害」ということです。「空気が読めない人(KY)」と言って笑ったりしますが、その人達の中には脳に何らかの障害があり、「空気が読めない」人がいるのです。

 明らかに全体が劣っている(遅れている)という発達遅滞児などは見た目にもわかりやすいのですが、高機能自閉症などに見られるある機能に関しては天才というような博識であったり、芸術面ですばらしい作品を作る人がいますが、コミュニケーションなどの点では不具合があるような、そういう障害を持つ方がおられます。しかも、大人になってからそれが発見される方も多く、そうした方の生きにくさを解決していくためには、今後社会全体が変化する必要を感じています。まさにイエス様が言われた「互いに愛し合いなさい」がキーポイントなのです。

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