子育て通信 #87

失敗のすすめ

皆さんはどうですか?

 私は子どもの頃、失敗の多い子どもでした。不器用だったということもですが、運動神経もいまいちで、恥ずかしがりで、挑戦することが苦手だったからだと思います。

 だからかも知れませんが、教師時代に気になる生徒というのはいろいろな形で失敗する子達でした。でも、その失敗は私には決して失敗で終わるものには見えなかったのです。「とても良い経験をしているなあ」と思って見ていたのです。

 私は今も失敗の連続です。反省することだらけで、気が小さいからいつまでもその失敗をうだうだ持ち越してしまいます。それ自体は良くないのですが、失敗から学ぶことはたくさんあります。

 皆さんはどうですか?

消極的な子ども

 子どもはみんなそれぞれの性格をもっており、私のように恥ずかしがりで勇気の無い子どももいます。親の目から見ると「しっかりしなさい!」と叱り飛ばしたくなるような子どもがいるものです。きっと私の両親はそう思っていたと思います。いわゆる「どんくさい」「はっきりしない」「決められない」「何かすれば失敗する」というような子どもです。自分の事を書いているのですが・・・恥ずかしくて書くのをためらったほどです。

 しかし、私と同じような子どもは決して少なくないと思うのです。元気で勇気のある積極的な方、そしてそういうお子さんをお持ちの親御さんには理解しにくいことかも知れませんが、そういう積極的になれない子どもはいるのです。人よりも失敗の多い子はいるのです。

失敗に敏感

 こうした子ども達は失敗に対して敏感です。失敗しないようにしようと思えば思うほど失敗してしまい、後悔の念に捕らわれ、なかなかそこから立ち上がれないことがあるのです。それは友達関係においても起こり、一緒に遊びたいのに遊べなかったり、遊べたと思ったら遊びで失敗して友達に怒られたり、誤解されてもそれを理解してもらう言葉を出す勇気が無かったりするものです。そして、「消極的な子ども」とレッテルが貼られ、ますます消極的になり、自分でも自分のことを「消極的な人間」と思い込んでしまい、そこから抜け出られなくなるのです。

失敗は悪くない

 しかし、最近では「失敗学」というものまで登場し、「失敗」から学ぶことは多く、それを土台にして大きく成長していくことができるものであること、失敗から大きな成功をもたらした事が報告されています。まさに「失敗は成功のもと」です。ところが、教育の世界では、なかなか子どもに失敗させません。結果的に失敗は悪いことのように教えてしまっています。

 空(から)の子どもの脳にいろいろな事を覚えさえていくわけですが、失敗も覚えさせないと、応用力はつきにくいと考えられます。

 幼児期には友達と遊んでもまだ相手のことを理解する力がありません。それは小学校3・4年生頃からしっかり発達していくものだからです。自分のことしか考えられない幼児期に他の子どもとのぶつかりを体験し、うまくいかないということを経験することで、後にそれが他の人を理解する力になったりするのです。ところが、子どものぶつかりを見つけた親は早く止めてしまい、「『ごめんなさい』って言いなさい」と、上手くその場を治めるハウツーを教えてしまうのです。本当はそういう経験が後の彼らにとっても良い力となるのにです。

点数よりも大事な事

 学校に上がると、テストはどうしても点数が気になります。テストを返してもらっても、多くの親はその点数を気にするのでは無いでしょうか? かく言う私もまず点数を見てしまいましたし、点数が低いと気持ちがガクッときたものです。

 でも、そういう点数は結果として出ているわけですから、その点数になった背景を知ることが大事です。

 テストが返されてきて、そのテストをやり直しする子どもはどれくらいいるでしょうか? やり直して100点をとれるといいのですが、とれない時はどこがわからないのか確認する大事な時なのです。点数がとれなかったという失敗を繰り返さないための訓練が必要なのです。

ほんとうは良い勉強なのに

 失敗は、勉強においても、運動においても、作品をつくることにおいても、人間関係においてもあるものです。せっかく勉強したことをテストの時に出し切れなかったという失敗、よく「うちの子はケアレスミスが多くて点数を損している」と言ったりします。

 また、スポーツで得点のチャンスに失敗して得点を得られずチームが負けてしまったり、絵を描いていたら色を塗りすぎてかえって汚くなってしまったりとか、彫刻では削りすぎてしまったりとか。まあ、本当に色々あるわけです。

 学校ではその結果を見て成績をつけますから、途中でよく頑張っていても、結果が上手くいかなかったら点数が下がるわけです。そこで、中には大胆にすることを恐れてほどほどにしておく子ども達が増えてしまうわけです。「惜しい!」と思います。本当は失敗を通して良い勉強をしているのに。

失敗した弟子を受け入れた

 イエス様の弟子たちはかなり失敗をしました。言葉において、行動において。時にイエス様に叱られたこともあります。しかし、イエス様は彼らを受け入れられました。

 それはイエス様が地上を離れて、彼らだけで教会をつくっていく時に力になるからです。

 事実、彼らの後の働きはあの弟子時代とは大きく変わったのです。失敗は決して後の失敗とはならないのです。




サンデージュニア

 4月から土曜日のジュニアクラブを第一土曜日に変更しました(それまでは第二土曜日でした)。このジュニアクラブは、少ない時は2-3人ですが、多い時は10人を越えます。屋上や室内での遊び・ゲームをして、おやつ(ホットケーキやクレープのリクエストが多かったですね)、聖書タイムという内容です。遊び・ゲームの時間は卓球や風船バレーボール、スポンジボールの野球、屋上での大縄、鬼ごっこなどで体を動かしたり、ウノやトランプ、ジェンガ、人生ゲームなどで毎回盛り上がります。

 このジュニアクラブに来れない子達のために開いたのが「サンデージュニア」で、第2日曜日にしていましたが、4月から第4日曜日にも行うようにし、しかも2時~4時の2時間のプログラムにしました。

 サンデージュニアの特徴は、最初に勉強タイムを入れたことです。宿題を持ってきてもOK。教会で用意しているプリントをするのもOKです。

 さらに国語の先生と英語の先生に習うという時間もつくりました。

 先日、初めての英語の時間は、挨拶をしたり、カタカナ英語を正しく英語では何と言うのか勉強しました。

 国語では「俳句」を勉強し、みんなで俳句を作りました。

 そして、おやつを食べて、遊びに熱中し、聖書タイムをもって終了です。

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