二人で宣教に出る
2026/1/25 礼拝説教
【テーマ】 イエスの権威が与えられる
【説教題】 「二人で宣教に出る」
【聖書箇所】 マルコ6:7-13
6:7 また、十二人を呼び、二人ずつ遣わし始めて、彼らに汚れた霊を制する権威をお授けになった。
6:8 そして、旅のためには、杖一本のほか何も持たないように、パンも、袋も、胴巻の小銭も持って行かないように、
6:9 履き物ははくように、しかし、下着は二枚着ないようにと命じられた。
6:10 また、彼らに言われた。「どこででも一軒の家に入ったら、そこの土地から出て行くまでは、その家にとどまりなさい。
6:11 あなたがたを受け入れず、あなたがたの言うことを聞かない場所があったなら、そこから出て行くときに、彼らに対する証言として、足の裏のちりを払い落としなさい。」
6:12 こうして十二人は出て行って、人々が悔い改めるように宣べ伝え、
6:13 多くの悪霊を追い出し、油を塗って多くの病人を癒やした。
マルコ6:7-13
○ 教師になるために教育実習がありました。机の上での学びがまるで何の役に立つのかと思うほど、現場は違いました。私の場合、わずかな実習が多くの知的勉強よりも役に立ったものです。
教会誕生に向けて
弟子たちの教育実習
1.ナザレの村での不信仰を嘆かれた後、イエスは近くの村々を巡られました。それから12人を二人ずつ組にして派遣されました。まさに弟子たちの教育実習のような時です。今まではイエスと一緒で、イエスのなさることを見ていた弟子たちでしたが、今度は弟子たちだけ、それも二人だけでしなければなりませんでした。私たちのトラクト配布もたいてい二人組でします。
2.今まではイエスのなさることを見て、驚いたり楽しんでいたのですが、今度は自分でするのです。それはまた今までとは違う喜びがあります。神様の恵み、祝福に入り込んでいくためには訓練があります。人は神様のなさるのを見ているだけではいけないのです。神様は私たちにも神様の喜びを分け与えたいのです。そのためには見ているだけの者から行う者にしようと訓練されるのです。
使徒時代への訓練
1. 6:12 こうして十二人は出て行って、人々が悔い改めるように宣べ伝え とあるように彼らは悔い改めるように語りました。バプテスマのヨハネがしたことを思い起こします。悔い改めを説くということは、人々に自分の罪を自覚させ、罪と決別する思いを持たせるのですから楽なことではありません。
2.彼らはもうしばらくすると、イエスと別れて彼らだけで伝道し、教会を牧会していくことになるのです。その訓練でもあったわけです。この訓練中はまだ聖霊のバプテスマを受けていません。しかし、イエスの権威を頂き悪霊も追い出せました。その後「使徒の働き」では、イエスの臨在を覚えて働くことができるようになっています。
二人だけで宣教に向かう
イエスからの権威をいただいて
1.イエスは弟子たちに「悔い改め」を述べ伝えさせ、 6:7 また、十二人を呼び、二人ずつ遣わし始めて、彼らに汚れた霊を制する権威をお授けになった と、悪霊追い出しと癒しの権威も与えられました。そして、実際に 6:13 多くの悪霊を追い出し、油を塗って多くの病人を癒やした のです。この権威が与えられていなければ、彼らはただの人ですから悪霊を追い出せないし、病人を癒やせません。彼ら自身に権威は無いのですが、イエスからその権威をいただいたので実行できたのです。
2.また、現代の私達にはわからないような指示を与えておられます。 6:8 そして、旅のためには、杖一本のほか何も持たないように、パンも、袋も、胴巻の小銭も持って行かないように、6:9 履き物ははくように、しかし、下着は二枚着ないようにと命じられた ということです。必要なものは全て与えられるということでしょう。マナのように朝になるとあるのでしょうか? いや、人々からいただけるのだと思います。
受け入れる人と受け入れない人
1.さらに 6:10 また、彼らに言われた。「どこででも一軒の家に入ったら、そこの土地から出て行くまでは、その家にとどまりなさい と、彼らを受け入れてくれる家があるということです。こうした協力者も用意されているのです。ルカの福音書にはこの辺りがもう少し詳しく書かれており、 ルカ10:5 どの家に入っても、まず、『この家に平安があるように』と言いなさい と、言われています。受け入れてくれる家には祝福を祈るのです。
2.しかし、一方 6:11 あなたがたを受け入れず、あなたがたの言うことを聞かない場所があったなら、そこから出て行くときに、彼らに対する証言として、足の裏のちりを払い落としなさい。」 と、厳しいことを言われました。ユダヤ人は異邦人の地から帰ると異教の汚れを聖地に入れないということで足のちりを払い落としたのです。そのように、彼らとその話を受け入れない人々は異教徒と同じだという意味合いがあるように思えます。
教会の姿
励まし合う仲間
1.訓練なら一人で使わされてもよかったのかも知れません。しかし、この訓練は個人的な力を増し加えるための訓練ではありません。助け合い、祈り合うことも訓練です。これから彼らはワンマンに教会を牧会していくのでなく、共に励まし合って教会を建て上げていくのです。信仰生活はワンマン、一匹狼はダメです。助け合うこと、励まし合うこと、祈り合うことが大切なのです。
2.そして彼らは元々何の権威もない人間です。しかし、イエスの権威を帯びて出て行くと人々が悔い改め、悪霊は出て行き、病人が癒されるのを体験するのです。全て神の業なのですが、気をつけないと自分の力のように思ってしまうのです。「自分」ではないのです。 マタイ 18:19 まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。 と言われたように、心を合わせることなのです。
家の教会ができるのかも知れない
1.最後にもう一度 6:10 また、彼らに言われた。「どこででも一軒の家に入ったら、そこの土地から出て行くまでは、その家にとどまりなさい。 を見ましょう。その一軒の家は迷惑ではないでしょうか? せめて二泊にして次の家を探した方が良いのでは無いでしょうか? 考えてみると一軒の家に留まるということは第一印象が良くてもぼろが出てきてそれが見られてしまうということです。つまり自分の信仰があからさまになっていくのです。
2.しかし、教会とはそういうところではないでしょうか? 教会はなにがしか問題があるものです。だからみんなで励まし合うのです。長く付き合って行くうちにお互いが見透かされてしまうのです。しかし、同時に信仰も互いに成長されていくことができます。イエスは弟子達を成長させることもそうですが、受け入れてくれる家を後に家の教会とされたかもしれません。
● 私たちは伝道しています。トラクト配布だけではありません。現代は伝道の難しい時代だと言われています。直接語ることの難しさは昔からありました。人によっては手紙を用いました。現代は何が使えるでしょう?
★ 私たちもイエスに遣わされている者と自覚しましょう。イエスから権威をいただいています。私たちを受け入れてくれる人が必ずあるのです。その家に祝福を祈りましょう。
□イエスは弟子を何人で遣わされましたか?
□遣わされた弟子達は何をしましたか?
□今日の聖書箇所を読んであなたは何を決めましたか?
Posted by shinnakano
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