舟に乗り込むイエス

礼拝メッセージ

2026/3/1 礼拝説教
【テーマ】  みんなを愛するイエス
【説教題】 「舟に乗り込むイエス」
【聖書箇所】 マルコ6:45-56

6:45 それからすぐに、イエスは弟子たちを無理やり舟に乗り込ませ、向こう岸のベツサイダに先に行かせて、その間に、ご自分は群衆を解散させておられた。
6:46 そして彼らに別れを告げると、祈るために山に向かわれた。
6:47 夕方になったとき、舟は湖の真ん中にあり、イエスだけが陸地におられた。
6:48 イエスは、弟子たちが向かい風のために漕ぎあぐねているのを見て、夜明けが近づいたころ、湖の上を歩いて彼らのところへ行かれた。そばを通り過ぎるおつもりであった。
6:49 しかし、イエスが湖の上を歩いておられるのを見た弟子たちは、幽霊だと思い、叫び声をあげた。
6:50 みなイエスを見ておびえてしまったのである。そこで、イエスはすぐに彼らに話しかけ、「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない」と言われた。
6:51 そして、彼らのいる舟に乗り込まれると、風はやんだ。弟子たちは心の中で非常に驚いた。
6:52 彼らはパンのことを理解せず、その心が頑なになっていたからである。
6:53 それから、彼らは湖を渡ってゲネサレの地に着き、舟をつないだ。
6:54 彼らが舟から上がると、人々はすぐにイエスだと気がついた。
6:55 そしてその地方の中を走り回り、どこでもイエスがおられると聞いた場所へ、病人を床に載せて運び始めた。
6:56 村でも町でも里でも、イエスが入って行かれると、人々は病人たちを広場に寝かせ、せめて、衣の房にでもさわらせてやってくださいと懇願した。そして、さわった人たちはみな癒やされた。
マルコ6:45-56

○ マルコの福音書は一番最初に書かれた福音書で、一番分量も少ないのですが、奇跡の割合が多い福音書です。そこにはマルコなりの考えがあったと思われます。それは今日、科学の進んだ時代にあっても私達がイエスの奇跡を信じるかどうか問われていると思います。つまり、イエスを信じるか信じないかが問われているということです。皆さんはイエスが奇跡を行えるお方だと信じますか?

イエスは湖の上を歩ける

湖の上を歩くイエス

    1.今回ここに書かれている奇跡はイエスが湖の上を歩いて弟子達の舟まで来られたことです。マルコはイエスが舟に乗り込むと風が止んだと記します。

    2.この同じ記事をマタイはさらに詳しく記しています。マタイ14:22からの話で、ここでは湖を歩いてくるイエスを見て、ペテロも歩かせてもらうのですが、彼は強風を見て恐くなって沈みかけ、イエスが助けるという話が書かれています。

風を静めるイエス

    1.似たような話がこのマルコの福音書の少し前にあります。昨年10月12日に語った所マルコ4章35-41節です。ここでは群衆を残して、イエスは弟子達と一緒の船に乗っておられました。そしてイエスは眠っておられました。そこに突風が吹いてきて、舟は水浸しになって沈みそうになり、弟子達は怯えました。

    2.そこで目を覚ましたイエスが 4:39 イエスは起き上がって風を叱りつけ、湖に「黙れ、静まれ」と言われた。すると風はやみ、すっかり凪になった。 とあり、風が止みました。イエスは自然をも支配できるお方です。

弟子達は幽霊だと思った

山から舟を見たイエス

    1.さて、今日のところに戻りますが、 6:47 夕方になったとき、舟は湖の真ん中にあり、イエスだけが陸地におられた。 と、イエスはこの時弟子達と一緒に舟には乗らなかったのです。4章のところではイエスが一緒でしたが、今回は舟にイエスがおられません。そして、その時が夕方で、湖の真ん中に舟があったといいます。たぶん、風に追いやられて湖の真ん中まで出てしまったのでしょう。

    2.イエスは群衆を解散させ、一人山に登って祈っておられましたが、 6:48 イエスは、弟子たちが向かい風のために漕ぎあぐねているのを見て と、イエスは暗い中で山から舟が見えたのでしょうか? それともイエスには特殊な見え方があったのでしょうか? 弟子達の舟はいまだ湖の真ん中だったようです。風が強くて困っていたようです。

舟に乗り込むイエス

    1.そこで 夜明けが近づいたころ、湖の上を歩いて彼らのところへ行かれた。 これが 夜明けが近づいたころ です。だいぶ時間が経っていますね。そこにイエスが湖の上を歩いて来られました。弟子達は 6:49 しかし、イエスが湖の上を歩いておられるのを見た弟子たちは、幽霊だと思い、叫び声をあげた。 と、イエスを幽霊だと思った弟子達は怯えてしまいました。その現場に私達がいれば私達も当然驚いたのでは無いでしょうか?

    2.イエスは 6:50 「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない」と言われた。 とあります。 6:51 そして、彼らのいる舟に乗り込まれると、風はやんだ。弟子たちは心の中で非常に驚いた。 今度はイエスが湖の上を歩いて来られることに驚き、舟に乗り込めば風が静まることにまた驚いたのです。

    3.実は48節に そばを通り過ぎるおつもりであった。 とありまして、舟に乗り込まず、そのまま湖の上を歩いて行く雰囲気だったのです。イエスには嵐も別に気にならなかったのでしょうか? しかし、イエスは弟子達の怯えている姿を見て、舟に乗り込み嵐も静めてくださったようです。私達の人生の舟にもイエスは乗り込んでくださいます。

イエスはみんな癒された

イエスのところに集まってきた

    1.向こう岸に着いたら 6:54 彼らが舟から上がると、人々はすぐにイエスだと気がついた。 と、まるで待っていたかのようです。短期間の内にイエスのうわさは各地に広がっていました。そこで、人々は 6:55 そしてその地方の中を走り回り、どこでもイエスがおられると聞いた場所へ、病人を床に載せて運び始めた。 とあります。イエスが癒してくださることが特に有名になっていたのでしょうか。ここでも、羊飼いのいない羊のような人々がいたのです。

    2.そして、 6:56 村でも町でも里でも、イエスが入って行かれると、人々は病人たちを広場に寝かせ、せめて、衣の房にでもさわらせてやってくださいと懇願した。そして、さわった人たちはみな癒やされた。 と、なんと、みんな癒されたのです。ここでも人々にどれほどの信仰があったのかは怪しいものです。うわさを信じたわけですから。

最も大事な癒しは魂の救い

    1.人々の信仰が大したものではなくても、その動機が何であれ、イエスは哀れみ深く、全ての病人達を癒されたというのです。癒しの話を聞くと、「どうして、私は癒されないのだろう?」「やはり聖書は単なる神話に過ぎないのか」等と思う人があります。私もその一人でした。なぜ現代の日本では癒しが少ないのかわかりませんが、イエスの愛、神様の愛に変化はありません。

    2.そして、聖書が語る最も大事なことは私達が罪から救い出されることです。確かにこの地上では罪が消えることはありません。しかし、イエスは十字架と復活でその罪の問題を解決してくださいました。それは遠くから眺めていてもわからないことです。群衆がイエスの所に行った時にイエスが全員癒されたように、私達もイエスの元に行った時、全員救われるのです。最も大事な癒しは魂の癒しです。

★ イエスはあなたの舟に乗り込んでくださるお方です。そして、辛い思いを持っている方を見捨てず、向こう岸に渡ってでも、私達に会いに来てくださる方です。このイエスの元に近づきませんか!

□ 私もイエスに近づきます。
□ あなたのイエスに対する願いは何ですか?
□ イエスはあなたに何を望んでおられると思いますか?