
「自閉症」から考えた
50年で大きく変化した
今月71才になった私はふと50年以上前のことを考えました。高槻市の市民会館で行われた成人式典に出席してから半世紀以上が過ぎたことを思うと不思議な感覚です。
昭和を33年間、平成を31年間、そして令和を7年間生きてきたわけですが、青春時代を過ごした昭和がやはり懐かしいです。結婚するまでの昭和。長男誕生が平成元年。私にとっては昭和と平成は大きな違いがあります。
中学校の教師時代が昭和。パソコンも携帯もなく、コンビニもあったかどうか? 小学生の時、初めてスーパーマーケットというのができました。名前も覚えています。「ララミー」です。高槻駅そばの芥川商店街の中にできた小さなスーパー。その後、「ニチイ」「シロ」「ダイエー」と次々できて、「ララミー」はいつの間にか無くなっていました。
自閉症についても
17才、高校3年生を終えようとしていた時、クラスで一番遅く進路を決めた私は養護学校(今の支援学校)を見学しました。そこで養護学校の教師になりたいと思って大学へ。
一年からゼミがあり、障がいを持つ子ども達のことについての学びが始まりましたが、知らないことだらけで興味津々でした。
夏休みに養護学校にボランティアで行くと喜ばれ、障がいを持った子ども達と直に接することが楽しかったですが、同時に彼らの思いがなかなか理解できず困惑したことも思い出します。
ここで初めて「自閉症」の子と出会い、そういう障害があることを知りました。夏休みが明け、教授に「自閉症」のことを聞きましたら、まだ日本では言われ出したばかりの障がいで詳しいことはわからないということでした。そこで、学生みんなで「自閉症」について調べることになりました。しかし、やっと見つけたのはたった1冊の本だけでした。
インターネットの無い時代です。そういう調べができませんから、本に頼るしかありません。その1冊の本をみんなで読みましたが、正直よくわかりませんでした。
調べていくうちに徐々に「自閉症」が世間に言われるようになりましたが、まだ「親の育て方が問題」と言われた時代で、脳の障害が原因とは知られていませんでした。
それからしばらくして「自閉症は脳障害の一つ」と言われるようになり、たくさんの本も出るようになりました。
発達障害も様々
さらにその後、「発達障害」という言葉が出てきました。日本では1980年代に言われるようになったそうですが、本の出版などで知られるようになったのは2000年代だと思います。そして、「アスペルガー」「注意欠陥多動性障害(AD/HD)」「学習障害(LD)」等が有名になりました。「自閉症」は「広汎性発達障害(PDD)」と呼ばれるようになり、今は「自閉スペクトラム症(ASD)」と言われるようになりました。また「発達障害」も「神経発達症」という名称に移行していくと言われます。
単に自閉症と言っても人それぞれに違うようです。そのために「自閉スペクトラム症」と「スペクトラム」が付けられたようです。そしてまたなかなか「自閉症」は人々に理解してもらえないものです。
そんな中、自閉症の東田直樹さんが13才の時に書いた「自閉症の僕が跳びはねる理由」 (角川文庫) を読んだイギリス人のミッチェルさんは自閉症の息子さんがいて全く彼の行動が理解できなかったらしいですが、この本を読んで理解できるようになったと言われました。そこでこの本が英語に翻訳されて出版されました。本のタイトルは、「The Reason I Jump: One Boy’s Voice from the Silence of Autism」です。世界33カ国語に翻訳されたそうです。
日本語のこの本の一部を紹介します。
東田直樹さんの本より
2 大きな声はなぜ出るのですか?
ひとり言が大きくてうるさい、と言われます。肝心なことを言えなかったり、小さな声で話したりするのです。僕もいまだになおりません。
困っているのに、どうしてなおらないのでしょう。
変な声を出している時には、自分が言いたくて話をしているのではありません。
もちろん、落ち着くために自分の声を聞きたくて、自分が簡単に言える言葉やフレーズを喋ることもあります。
コントロールできない声というのは、自分が話したくて喋っているわけではなくて、反射のように出てしまうのです。
何に対する反射かというと、その時見た物や思い出したことに対する反射です。
それが刺激になって、言葉が出てしまうのです。止めることは難しく、無理に止めようとすると、自分で自分の首を絞めるくらい苦しくなります。
自分では、自分の声は平気なのです。人に迷惑をかけていることは、分かっています。これまでに、奇声を上げて、何度恥ずかしい思いをしたことでしょう。
僕も静かにしたいのです。
けれども、僕たちは口を閉じるとか、静かにするとか言われても、そのやり方が分からないのです。
声は僕らの呼吸のように、僕らの口から出て行くものだという感じです。3 いつも同じことを尋ねるのはなぜですか?
僕は、いつも同じことを聞いてしまいます。
「今日は何曜日?」とか「明日は学校ありません」など、分かりきっていることを何度も聞いてしまいます。分からないのではなく、分かっているのに聞いてしまうのです。
どうしてかと言うと、聞いたことをすぐに忘れてしまうからです。今言われたことも、ずっと前に聞いたことも、僕の頭の中の記憶としては、そんなに変わりはありません。
物事が分かっていないわけではありません。記憶の仕方が、みんなとは違うのです。
よくは分かりませんが、みんなの記憶は、たぶん線のように続いています。けれども、僕の記憶は点の集まりで、僕はいつもその点を拾い集めながら、記憶をたどっているのです。
同じことを繰り返し聞くという行動には、もうひとつ意味があります。
言葉遊びができることです。
僕たちは、人と会話をすることが苦手です。どうしてもみんなのように、簡単に話すことができないのです。
けれど、いつも使っている言葉なら話すことができます。それが言葉のキャッチボールみたいで、とても愉快なのです。
言わされて話す言葉と違って、それは音とリズムの遊びなのです。55 いつも動いているのはなぜですか?
僕は、いつも体が動いてしまいます。じっとしていられません。じっとしていると、まるで体から魂が抜け落ちてしまうような気がするのです。不安で怖くていたたまれないのです。
僕はいつでも出口を探しているのです。
どこかに行ってしまいたいのにどこにも行けなくて、いつも自分の体の中でもがき苦しんでいます。
じっとしていると、本当に自分はこの体に閉じ込められていることを実感させられます。とにかく、いつも動いていれば落ち着くのです。
誰でも、僕らが動いていると「落ち着きなさい」と言います。でも、動いていた方が安心できる僕にとっては、落ち着きなさいという言葉の意味が、なかなか分かりませんでした。
動いてはいけない時があることは、僕にも分かるようになりました。動かないことができるためには、少しずつ練習するしかないのです。
心 (精神)は複雑
私もこの本を読んで、今まで出会ってきた自閉症の子達のことがやっとわかった気がしました(きっとまだまだわかっていないのだと思いますが)。
そして同時に自分の中にも彼とは違うけれども自分の言葉と行動の食い違いがあることなどを思い出しました。
聖書にこんな言葉があります。
私は、自分でしたいと思う善を行わないで、かえって、したくない悪を行っています。(聖書 ローマ 7:19 )
これはパウロという結構有名な人物がローマ教会の人々に宛てた手紙に書かれた言葉です。彼はユダヤ教のエリートでキリスト教を迫害していました。彼が意気込んでクリスチャンを捕らえるために出かけた時、その途上でイエス・キリストの声を聞き、自分の間違いに気付き心が崩れ落ちます。そしてしばらく目が見えなくなります。
そのパウロにクリスチャン達がイエス・キリストの真実を教え、彼もクリスチャンになりました。その時に目からうろこのようなものが落ちて目が見えるようになりました(これが「目からうろこ」ということわざの語源です)。
そのパウロだから言えた言葉かも知れません。彼はキリスト教迫害が正しいことだと思い込んでいたのですが、実はそうでは無く、イエス・キリストこそ神だとわかって回心したのです。
自閉症の人は自分の思っていることができないようです。程度の差こそあれ、私たちもそのようなことがあるのではないでしょうか? このパウロの言葉のようなことがあるのではないでしょうか?
心(精神)は複雑ですね。自分でも自分がわからないものかもしれません。だからこそ私たちの創り主である神様に委ねることを覚えるのは大事なことだと思います。
私たちは自分のことも良くわからないので、他の人のことはもっとわからないのでしょう。人から自分を理解してもらうことも難しいでしょう。でも、神であるイエス様は私たちのことをよく知っておられます。今度は私たちがこのイエス様をよく知ることが必要ではないでしょうか。














