シルバーを祝福する神

なおも用いられる神

礼拝メッセージ

説教者:藤井師
              2023/9/17 礼拝説教
【テーマ】  シルバーを祝福する神
【説教題】 「なおも用いられる神」
【聖書箇所】 詩篇71:9-12、18

71:9 年老いたときも私を見放さないでください。私の力が衰え果てても見捨てないでください。
71:10 私の敵は私のことを相談し私のいのちを狙う者がともに企みます。
71:11 彼らは言っています。「神は彼を見捨てたのだ。追いかけて彼を捕らえよ。救い出す者はいないから。」
71:12 神よ私から遠く離れないでください。わが神よ急いで私を助けてください。

71:18 年老いて白髪頭になったとしても神よ私を捨てないでください。私はなおも告げ知らせます。あなたの力を世に。あなたの大能のみわざを後に来るすべての者に。

詩篇71:9-12、18

○ 私は68才。現代では年寄りとは言えないでしょう。少し前の日本ではこの年齢だと年寄りでした。多くの教会では、敬老の日に65才以上の方々が祝われました。新中野キリスト教会のシルバー祝福式は70才で行ってきましたが、いつだったか75才に引き上げました。なかなか私は祝っていただけないですね。これ以上年齢を上げてほしくないですね。(笑)
  あちこちで講演されるあるお医者さんは、質疑応答で、「ボケない方法を教えてください」、という質問をよく受けるのだそうです。その質問に先生はこう答えるそうです。「ご安心ください。必ずボケます。ですから、ボケない方法を考えて悩むよりも、物忘れが上手になる、と思っていた方がよろしいでしょう。『最近、物忘れが上手になっちゃってね』、とご挨拶するようにしてください。」と。

なおも用いられる神

若いときには色々なことができた

私も若かった

    1.私は新中野キリスト教会に来た時は48才。子どもセンター、子どもクラブ(後のキッズクラブ、キッズエンジェル)で子ども達と思い切り遊びました。そして、ユースキャンプ、ジュニアキャンプにも行きました。そこで、子ども達と一緒に走り回って遊びました。山に登るのも楽しかったですし、疲れもあまり感じませんでした。

    2.キャンプは大好きで、高槻にいるときはキャンプ男とさえ言われていました。夏は毎週のようにどこかのキャンプに招かれていました。若いから講師といえども良い部屋をあてがわれず、子ども達とテントに寝たことも大広間で生徒達と雑魚寝ということもありました。でも楽しく過ごせました。皆さんも若い時を思い起こすとこんな楽しい思い出がたくさんあるのではないでしょうか?

神の恵みをたくさん味わった

    1.教師時代には毎日30kmくらい走っていました。牧師になってから我が子3人を連れて自転車4人乗りであちこちの公園に出かけたり、両腕に子ども達をぶら下がらせたりできるほど筋肉も力もありました。思い出すとそういう体力的な恵みを神からいただいていたのだと思います。

    2.そして、色々な奇跡的な出来事も味わいました。天気のこと、癒しのこと、会堂建築、子ども伝道の祝福、子育ての会の祝福、家庭集会の祝福等々、思い返すとすごくたくさんの恵みをいただいてきました。若いクリスチャンの皆さんには私以上にすばらしい体験があるのではないでしょうか。

年をとると自分でできなくなる

年をとれば体力的に弱るのは当然

    1.今の私はそういうことが何もできなくなり、子ども達と体をはって遊ぶこともできなくなりました。キャンプに行くのも億劫です。年をとった証拠ですね。体力・気力が落ちました。今はこの詩篇の記者が言うように 71:9 年老いたときも私を見放さないでください。私の力が衰え果てても見捨てないでください。 という気持ちです。

    2.この詩篇の記者が何才でこの詩を書いたのか(賛美を歌ったのか)わかりませんが、若いときは色々なことができたのでしょう。しかし、年をとった記者は自分の力でできないことが増えたことに悲しく思っているのかもしれません。しかし、年をとって色々なことができなくなるのは当然のことです。

今度はより神に頼る事を教えられる

    1.若いときに神からいただいた多くの恵み、奇跡的な出来事は事実なのです。若いときに色々なことができたし、神の恵みも多く感じられましたから自ずと過去の話をしてしまうのかも知れません。

    2、しかし、若いときと同じことができなくなっても神が変わることはありません。神の愛に変化はありません。若いときのように色々なことができなくなり、神の恵みも減ったように感じる時、この記者のようにただただ神の守りに頼るしかないことを感じるのではないでしょうか? 71:12 神よ私から遠く離れないでください。わが神よ急いで私を助けてください。 と言いたくなるようなことが。

年配者ならではの信仰生活がある

神に頼る事を覚える時期

    1.このような言い方をしていると、私の信仰がダウンしてしまったのかと思われるかも知れませんがそうじゃないんです。体も動かなくなるのですから、自分が何かをするのではなく、他の人にしてもらうことが増えます。それが大事なのでしょう。

    2.若いときは自分の力で色々なことができて、純粋な信仰も相まって多くの恵みを感じられたのですが、それが少なくなった年配者は神に頼って生きることを学び始めるのです。

次世代に伝える時期

    1.そして、神は年配者に使命を用意されているのです。 71:18 年老いて白髪頭になったとしても神よ私を捨てないでください。私はなおも告げ知らせます。あなたの力を世に。あなたの大能のみわざを後に来るすべての者に。 と、次世代に伝えるという使命です。

    2.年配者は教会の土台を支える人ではないかと思います。ますます主に依り頼んで祈り深くなれる時期です。こういう年代の人が教会に増えると教会は精神的に、信仰的に安定します。そして、その一言一言が次世代に大事な意味を与えるのです。

★ 神が年配者を見放すわけがありません。神は年配者に 私はなおも告げ知らせます。あなたの力を世に。あなたの大能のみわざを後に来るすべての者に。 と言わせたいのです。