苦難の後の喜びの礼拝

礼拝メッセージ

★ 礼拝説教要旨 ★
2024/10/27 礼拝説教
【テーマ】  礼拝できる喜び
【説教者】 藤井敬朗師
【説教題】 「苦難の後の喜びの礼拝」
【聖書箇所】 ネヘミヤ記7:72-8:8

7:72 こうして、祭司、レビ人、門衛、歌い手、民のある者たち、宮のしもべたちが、すなわち、全イスラエルが自分たちの元の町々に住んだ。イスラエルの子らは自分たちの町々にいたが、第七の月が来たとき、
8:1 民全体が、一斉に水の門の前の広場に集まって来た。そして彼らは、【主】がイスラエルに命じたモーセの律法の書を持って来るように、学者エズラに言った。
8:2 そこで、第七の月の一日に祭司エズラは、男、女、および、聞いて理解できる人たちすべてからなる会衆の前に律法を持って来て、
8:3 水の門の前の広場で夜明けから真昼まで、男、女、および理解できる人たちの前で、これを朗読した。民はみな律法の書に耳を傾けた。
8:4 学者エズラは、このために作られた木の壇の上に立った。彼のそばには、右手にマティテヤ、シェマ、アナヤ、ウリヤ、ヒルキヤ、マアセヤが立ち、左手にペダヤ、ミシャエル、マルキヤ、ハシュム、ハシュバダナ、ゼカリヤ、メシュラムが立った。
8:5 エズラは民全体の目の前で、その書を開いた。彼は民全体よりも高いところにいたのである。彼がそれを開くと、民はみな立ち上がった。
8:6 エズラが大いなる神、【主】をほめたたえると、民はみな両手を上げながら「アーメン、アーメン」と答え、ひざまずき、顔を地に伏せて【主】を礼拝した。
8:7 ヨシュア、バニ、シェレベヤ、ヤミン、アクブ、シャベタイ、ホディヤ、マアセヤ、ケリタ、アザルヤ、エホザバデ、ハナン、ペラヤなどレビ人たちは、民に律法を解き明かした。その間、民はその場に立っていた。
8:8 彼らが神のみおしえの書を読み、その意味を明快に示したので、民は読まれたことを理解した。

ネヘミヤ記7:72-8:8

○ バビロン捕囚となっていたイスラエル人がエレミヤの預言通りエルサレムに戻ることができるようになりました。喜んで神殿、城壁を再建しようとしますが、妨害もあってなかなか再建できませんでした。しかし、やっと再建できると彼らは礼拝しました。それは喜びの礼拝でした。その様子を見てみましょう。

苦難の後の喜びの礼拝

神殿礼拝の再開

神殿再建は難航

    1.エズラ記・ネヘミヤ記は歴代誌とつながっています。そして、この二つは本来一つでした。ペルシャ王クロス(キュロス)はBC538年に勅令を発布し、ユダヤ人のエルサレム帰還を許しました。ユダヤ人はゼルバベルの指揮の下、神殿再建にかかりました。

    2.しかし、イスラエルの復活を恐れる周辺諸国からの妨害が後を絶ちません。思ったようにエルサレム再建が進まない中、半ば諦めて神殿を造るよりも自分たちの家造りに熱心になりました。そんな時にハガイは神の言葉を語りました。 ハガイ1:7 万軍の【主】はこう言われる。「あなたがたの歩みをよく考えよ。1:8 山に登り、木を運んで来て、宮を建てよ。そうすれば、わたしはそれを喜び、栄光を現す。──【主】は言われる──1:9 あなたがたは多くを期待したが、見よ、得た物はわずか。あなたがたが家に持ち帰ったとき、わたしはそれを吹き飛ばした。それはなぜか。──万軍の【主】のことば──それは、廃墟となったわたしの宮のためだ。あなたがたがそれぞれ、自分の家のために走り回っていたからだ。 と。そして、人々は悔い改めるのです。

神殿、城壁の完成

    1.さらに、ゼカリヤが民を励まし、神殿工事が再開されました。そして エズラ6:15 こうして、この宮はダレイオス王の治世の第六年、アダルの月の三日に完成した。6:16 イスラエルの子ら、すなわち、祭司、レビ人、そのほかの捕囚から帰って来た人たちは、喜びをもってこの神の宮の奉献式を祝った。 と、BC515年に神殿は完成しました。エズラはBC458年にエルサレムに帰還して、人々に神の律法を教え、宮での奉仕を復活させました。

    2.続くネヘミヤ記は献酌官ネヘミヤの派遣と城壁の修復、律法の朗読、城壁の奉献を記します。それが今日の8章にあります。神殿での礼拝を再開できる喜びを味わったのです。律法の書が持って来られ、 8:3 夜明けから真昼まで、男、女、および理解できる人たちの前で、これを朗読した。民はみな律法の書に耳を傾けた。 と、御言葉に聞き入ったのです。「聖書を読みたい」「御言葉を聞きたい」というのが人々の願いでした。

    3. 8:4 学者エズラは、このために作られた木の壇の上に立った。 と、みんなに見えるような、今でいうステージ、プラットホームです。そして、律法の書を載せる台(今の講壇)がありました。また、 彼のそばには、右手にマティテヤ、シェマ、アナヤ、ウリヤ、ヒルキヤ、マアセヤが立ち、左手にペダヤ、ミシャエル、マルキヤ、ハシュム、ハシュバダナ、ゼカリヤ、メシュラムが立った。 と、エズラ一人が朗読したのではなく、助け手がたくさんいたのです。これも教会の姿ですね。みんなで礼拝会をつくっていくのです。

礼拝はどこでも行える

礼拝ができる喜びを味わう

    1.喜びの礼拝が始まっています。 8:5 エズラは民全体の目の前で、その書を開いた。彼は民全体よりも高いところにいたのである。彼がそれを開くと、民はみな立ち上がった。 と、神の言葉を聞くときには起立して姿勢を正したようです。今も賛美や聖書朗読の時に立ち上がる教会はたくさんあります。

    2. 8:6 エズラが大いなる神、【主】をほめたたえると、民はみな両手を上げながら「アーメン、アーメン」と答え、ひざまずき、顔を地に伏せて【主】を礼拝した。 と、朗読するエズラが御言葉に感動しているのでしょう。主をたたえています。すると民もまた同じ思いだと 「アーメン、アーメン」と答え るのです。

    3. 8:7 ヨシュア、バニ、シェレベヤ、ヤミン、アクブ、シャベタイ、ホディヤ、マアセヤ、ケリタ、アザルヤ、エホザバデ、ハナン、ペラヤなどレビ人たちは、民に律法を解き明かした。その間、民はその場に立っていた。8:8 彼らが神のみおしえの書を読み、その意味を明快に示したので、民は読まれたことを理解した。 と。レビ人たちも共に働き、解き明かしをし、人々は理解を深めました。ここにも礼拝を共に作り上げていく教会のような姿が見えます。

シナゴーグ(会堂)が用いられる

    1.ユダヤ人にとって礼拝は神殿で行うものでしたが、バビロン捕囚で礼拝ができない状態になっていました。捕囚の民となっている間も、信仰を失わないイスラエル人によって神殿礼拝はできないものの、形式だけにこだわらず、神への賛美と祈りをささげ、御言葉の朗読を継続していました。バビロンの地にあって彼らは「シナゴーグ」と呼ばれる会堂をつくり安息日を守りました。

    2.シナゴーグはバビロンだけでなく、離散ユダヤ人の住む各地方でも造られました。シナゴーグは、会衆がエルサレムの方向を向いて座るように造られ、旧約聖書が読まれ、その解説を聞き、祈りが行われました。また、結婚式や葬儀、その他の集会が開かれ、裁判も開かれていたそうです。

    3.このシナゴーグのお陰でイエスもペンテコステ後の弟子たちも各地で福音を語る場が持てたのです。さらに家の教会、あるいは広場や河原で集会が持たれました。どこででも礼拝はできるのです。

★ 何度も敵に責められ神殿再建が進まなかったイスラエルでしたが、神は再建させてくださいました。そして御言葉が朗読された礼拝はなんと大きな喜びに満たされたことでしょう。私たちも色々なことがあり、大変ですが、そこを乗り越えさせていただくと、礼拝がどれほど嬉しいものとなるでしょう! イスラエルが必死で神殿再建したように私たちもキリストの体を建て上げ、礼拝していこうではありませんか。