種を蒔き続ける喜び

礼拝メッセージ

 2024/12/29 礼拝説教
【テーマ】  一年の感謝と覚悟
【説教題】 「種を蒔き続ける喜び」
【聖書箇所】 詩篇126篇
【説教者】藤井敬朗牧師

<都上りの歌。>
126:1 【主】がシオンを復興してくださったとき私たちは夢を見ている者のようであった。
126:2 そのとき私たちの口は笑いで満たされ私たちの舌は喜びの叫びで満たされた。そのとき諸国の人々は言った。「【主】は彼らのために大いなることをなさった。」
126:3 【主】が私たちのために大いなることをなさったので私たちは喜んだ。
126:4 【主】よネゲブの流れのように私たちを元どおりにしてください。
126:5 涙とともに種を蒔く者は喜び叫びながら刈り取る。
126:6 種入れを抱え泣きながら出て行く者は束を抱え喜び叫びながら帰って来る。

【新改訳2017】詩篇126篇

○ 今年一年ありがとうございました。

種を蒔き続ける喜び

今年も大変だった

 神の民イスラエルは苦しめられてきた

    1.エジプトで奴隷となっていたイスラエルがモーセによって出エジプトできるまでには400年かかっています。また、その後、ダビデによってできたイスラエル王国も分裂し、アッシリア帝国、バビロン帝国によって国を失いました。さらにローマ帝国の支配がありました。そういう中で彼らはメシヤを求め続けました。

    2.そして、イエスの誕生を見たのです。その後もイスラエルは国を奪われ、ユダヤ人は世界各国に散らばっていたのです。また、大量虐殺も受けました。

世の中には大変な人がいる

    1.コロナ後も世界は大変でした。ウクライナ・ロシア紛争、イスラエル・ガザ問題の継続、今年元日に起こった能登半島地震はじめ自然災害の多さ、児童虐待等々、家庭においても、学校・職場でも人間関係の難しさが人を苦しめています。

    2.しかし、最も大きな問題は人の中に宿っている罪です。

神は必ず笑わせてくださる

神は必ず信ずる者を祝福される

    1.ユダヤ人はシオンへの帰還を願い続けました。ですから、それが実現した時、この詩篇の記者が言うように 126:1 【主】がシオンを復興してくださったとき私たちは夢を見ている者のようであった。126:2 そのとき私たちの口は笑いで満たされ私たちの舌は喜びの叫びで満たされた。 と言えるのです。笑いが満たされるとは何とすばらしいではないですか。

    2.ユダヤ人は苦しみの内にも神を信じ続けました。そこにはもちろん神の働きがありました。出エジプト、バビロンからの帰還、イスラエル国家の独立。しかし、彼らがもっと気づかねばならないのは十字架による罪からの解放です。

悲しむものは幸い

    1.私はイエスの言葉 マタイ5:4 悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるからです。 に励まされてきました。悲しんでもイエスは幸いだと言われるのです。とても、自分の中ではそう思えませんでした。しかし、これは主の言葉なのです。肉の心を喜ばすだけではダメです。作り笑顔でもダメです。心から笑いを喜びをいただくのです。

    2.悲しみの涙が悲しみだけでは終わらないのです。必ず慰められるのです。それが信仰です。ただ、そう言いきれるようになるためにはある程度の信仰体験、信仰年数が必要かも知れません。悲しみの涙は、ただ悲しくて泣くだけでなく、祈りと共に流された時、本当に慰めを知ることになるのです。

種をまき続けよう

 種を蒔いてきた

    1.有名な御言葉 126:5 涙とともに種を蒔く者は喜び叫びながら刈り取る。 とありますが、新中野キリスト教会はどれくらい涙とともに種を蒔いたことでしょうか? 相当のものだと思います。

    2.21年以上前.村上先生が私に言われた「子どもへの伝道をしてください」というこの言葉は、未だに心に残っています。村上先生が涙して祈ってこられたから、天に帰る前に遺言のように言われた言葉と受け止めています。先生だけではない、この教会は涙とともに種を蒔き続けてきたのです。

収穫しようではないか

    1.種を蒔いてきたのですから、神は必ず収穫させてくださいます。信じましょう。いつ収穫の時を迎えるのかはわかりませんが、 126:6 種入れを抱え泣きながら出て行く者は束を抱え喜び叫びながら帰って来る。 とは、嬉しい言葉です。が、前半は決して楽ではないのです。泣きながら出て行くのですから。しかし、これを失ったらダメです。泣きながら出て行こうではないですか。

    2.私たちの回りに苦しんでいる子どもたち、いじめに遭っている子どもたち、親から虐待されている子どもたち・・・が、何と多いのでしょう。そのことを思うと涙が出るではないですか。種を蒔かねばならないのです。これは子どもだけではありません。全ての人の救いのために種を蒔くのです。

★ 私たちに悲しみだけではなく、笑いをくださった神に感謝します。同時に、悲しみだけでこの年を終えようとしている多くの人を思い、新しい年に私たちに託されていることをしっかりと覚えたいと思います。種を蒔き続けようではありませんか!