
成長し実を結ぶ人
2025/8/31 礼拝説教
【テーマ】 成熟を目指して
【説教題】 「成長し実を結ぶ人」
【聖書箇所】 マルコ4:14-20
【説教者】藤井敬朗牧師
4:14 種蒔く人は、みことばを蒔くのです。
4:15 道端に蒔かれたものとは、こういう人たちのことです。みことばが蒔かれて彼らが聞くと、すぐにサタンが来て、彼らに蒔かれたみことばを取り去ります。
4:16 岩地に蒔かれたものとは、こういう人たちのことです。みことばを聞くと、すぐに喜んで受け入れますが、
4:17 自分の中に根がなく、しばらく続くだけです。後で、みことばのために困難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまいます。
4:18 もう一つの、茨の中に蒔かれたものとは、こういう人たちのことです。みことばを聞いたのに、
4:19 この世の思い煩いや、富の惑わし、そのほかいろいろな欲望が入り込んでみことばをふさぐので、実を結ぶことができません。
4:20 良い地に蒔かれたものとは、みことばを聞いて受け入れ、三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶ人たちのことです。」
マルコ4:14-20
○ 先週に続き今日は4つの土地の話になります。このたとえ話は子どもにも分かる話ではないでしょうか。もしかすると、 4:1 ・・・非常に多くの群衆がみもとに集まった・・・ と、ありますからこの群衆の中には子ども達もいたと考えられます。イエスは子ども達を愛しておられますから、子ども達にも分かる話をされたとも考えられます。もしかすると子ども達こそ聞く耳を持っていたかもしれません。では、順を追って4つの土地について見ていきましょう。
実を結ばない土地
道端
1.最初は 道端 です。道端というのは畑ではありません。そこに種が蒔かれても意味をなさないのです。種は土の中に入り込んでいないために鳥が見つけて食べてしまいます。
2.こういう心はというと御言葉の種が根を下ろす前にサタンに奪われてしまう心だというのです。つまり、御言葉を受け入れる用意のない心だということです。
岩地
1.この土地はうまく土をかぶり、根を出したのですが、下に岩があるために根は伸びません。また、暑いイスラエルでは岩も焼け、根は枯れてしまうのです。
2.この心は御言葉を受け入れたように見える心ですが、何か大変なことがあると枯れてしまう状態です。 みことばのために困難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしま う心です。御言葉の本質を知らないということではないでしょうか。御言葉は知っているが御心を知らないということです。
茨の土地
1.この土地は種が根を下ろし成長もするのですが、茨の成長の方が早くて、種の方はとても成長しきれないのです。
2.この心は、御言葉が心の中で成長していくように見えるのですが、 この世の思い煩いや、富の惑わし、そのほかいろいろな欲望が入り込んでみことばをふさぐので 実を付けない生き方だというのです。
実を結ぶ土地
よく耕された土地
1.では、実を結ぶ土地はと言うと、言わずもがなよく耕された土地で、道端でも、岩地でも、いばらの地でもないところです。そこでは種は根を張り、しっかり成長して実を結ぶのです。
2.当時は蒔いた種の10倍の実をつければ良い方だったそうです。それをイエス様は30倍、60倍、100倍と言われたのですから、良い土地はすごいということです。実際よく耕した土地からは多くの収穫があるそうです。しかもヨベルの年という作物を作らない年もあり、その間土地は休耕地として休めるので、また次の時によく実を結ぶことができます。
よく耕された心
1.この良く耕された土地はどのような心のことを言っているのでしょうか? 3つの実を結ばない土地には欠けているものがあります。第一に御言葉を喜んで受け入れる心、第二に御言葉が根を張る心、第三に時間をかけて成長していく心です。
2.御言葉は聖霊によって根を張り、成長し、実をつけます。からし種が成長すると鳥が宿るほどの大木になるように、信仰は小さくても成長すると山をも動かすのです。種に命があるように御言葉に命がありますが、それを受けとめる土地、心が良い土地でないと無駄になるのです。
実を結ぶ人生
成熟した人になるために
1.では、御言葉が実を結ぶ秘訣を考えようではありませんか。当然、実を結ぶためには種が必要なように、御言葉は不可欠です。御言葉無しの人生は絶対に実を結びません。だからディボーションを勧めているのです。
2.御言葉があっても頭に入れただけでは道端、岩地、茨の地に終わってしまうことがあります。御言葉を受け入れる心が必要です。御言葉を受け入れることが神様との平和をつくる始まりです。御言葉を愛することです。信じることです。
3.種が生長するにはそれを育む土地が必要なように、御言葉を育む心が必要です。それは聖霊の流れのそばにいつもあることです。流れのほとりに植えられた木は実を付けるのです(詩篇1篇)。それが聞く耳のある人のことです。神に関心をもつ、御言葉に関心をもつ、神の臨在を覚えつつ歩む人です。いつも神様を身近に覚えるのです。
良い地を決断する
1.この群衆の中には農夫もいたでしょう? それなら、種蒔く人の蒔き方に問題を感じたでしょう。「オレなら道端に蒔かない。岩があるのだってわかるから、そこにも蒔かないし、茨の中には当然蒔かないぞ」と言うでしょう。とすれば、種は御言葉で種蒔く人が私たちクリスチャンなら、神は誰にでも分け隔て無く御言葉をくださっているということではないでしょうか?
2.神は誰に対しても平等に御言葉をくださっている、つまり、福音は平等に語られている。あとはそれを聞いた人です。道端、岩地、茨の地、良い地のどこにも平等に神の愛はあっても、受け入れる側の問題が残るということです。
3.4種類の土地があるように、4種類の人がいるともとれますが、同時に、誰の心もこの4種類を持っているとも考えられます。その中で私たちが意識すべきことは御言葉をよく耕された心にいただきたいという気持ちではないでしょうか? ここに私たちの決断が要求されます。
● 私はこのたとえ話から 詩篇126:5-6 涙とともに種を蒔く者は喜び叫びながら刈り取る。種入れを抱え泣きながら出て行く者は束を抱え喜び叫びながら帰って来る。 を、思い出しました。私たちは涙と共に種を蒔き、残念ながら道端、岩地、茨の地にも蒔いてしまうでしょう。でも、良い地に蒔くこともできます。必ず収穫はあるということです。
★ 御言葉は変わらない、永遠です。それを良い地が受け入れるなら成長し、実を結びます。良い地とは聞く耳のある人です。御言葉をしっかり受け止めるという決断をし、日々、御言葉を育みましょう。
Posted by shinnakano
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